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あの「緊急建言」はどうなったのか?

朝日新聞WEBRONZA 2011年6月2日
 4月12日の記事で、日本の原子力を強力に推進してきた重鎮16人が、3月30日に、「福島原発事故についての緊急建言」を行ったことを書いた。この緊急建言は、国民への陳謝から始まっている。これまで日本の原子力をリードしてきたエリートたちがプライドも体裁もかなぐり捨て、率直に反省し、国民に深く陳謝しているのである。名を連ねた16人各自が相当な覚悟をもって緊急建言に臨んでいると推察した。それ程事態は深刻であるとも言えるだろう。

 緊急建言の要旨は、「事態をこれ以上悪化させずに、当面の難局を乗り切り、長期的に危機を増大させないためには、わが国がもつ専門的英知と経験を組織的、機動的に活用しつつ、総合的克つ戦略的に取り組むことが必須である。私たちは、国をあげた福島原発事故に対処する強力な体制を緊急に構築することを強く政府に求めるものである」、ということである。

 筆者も全く同感であり、この緊急建言を切っ掛けに、日本の原子力関係者が一致団結するものと思っていた。また、原子力関係者だけでなく、ロボットや、エレクトロニクスや、医療など、その道の専門家が有機的に連携し合って、福島原発問題を解決していくことを期待していた。

 ところが、あれから2カ月近くたつが、筆者が期待したような動きは全くない。テレビのニュースでは、相変わらずお馴染みの御用学者が淡々とした口調で解説しているし(一触即発のメルトダウンが起きていたのに!)、日本製のロボットが原発事故現場で活躍することもない。先日のニュースでは、とうとう、作業者に250mSvを超えた被爆者が出たと報じている。事態は、2カ月前より一層悪化しているとしか思えない。

 「緊急建言」、一体どうなってしまったのか? 16人の言いだしっぺも、一回言ったら終わりでしょうか? 単なるパフォーマンスだったのか? 原子力学会や各大学の原子力並びに原子核工学の教授たちは、何か行動を起こそうとする気はないのでしょうか?

 じゃあお前はどうなんだ、と言われるかもしれないので、筆者は、筆者なりに行動に移した。筆者は、25年前の2年間、大学院生として原子核工学に関わっただけの者であるが、自分にできることを考えてみた。筆者の専門は半導体である。半導体の知見で、福島原発事故対策に貢献できることはないかを考えてみたのである。

 現在、福島県の小学校などでは、校庭の土壌からの放射線が問題となっている。また、福島県の近隣では、野菜、お茶、魚から基準を上回る放射性物質が検出されたなどのニュースが、日々、報道されている。

 つまり、首都圏も含めた福島原発周辺地域では、この場所は大丈夫なのか、この食物は食べてもいいのか、ということに疑心暗鬼になっている。政府や行政機関は「直ちに健康に影響はない」というお馴染みの言葉を繰り返しているが、もはやそんな言葉はだれも信用していない。

 全員が放射線検知器を携帯し、すべての場所、すべての食物の放射線量を測定すればいいのだが、それは現実的でない。なぜなら、既存の放射線検出器は、まず高い。安いものでも5万円。ちょっと機能が良いと10万円以上になる。サイズも大きく、デザインも無骨で、携帯に不向きである。また、○○シーベルトだの、△△ベクレルだのと数字が表示されても、素人にはよく分からない。その上、注文しても「在庫なし」ということで、買うことすら困難である。

そこで、誰もが、アクセサリーのように身に着けられて、安価で、分かりやすい(たまごっちのような)放射線検知器ができないだろうかと考えてみた(図1)。
 
 
 
 構造はいたって簡単で、放射線検出部(測定しやすいγ線を検出するようにする)、検出した信号を処理する集積回路、処理された信号を表示する部分、この3部品さえあればいい。

 この場所の放射線量が高いかどうか、またはこの食べ物が安全かどうかを、色で表示するのである。安全なら緑色、大人は平気でも幼児には問題なら黄色、そして危険なら赤色を表示し、アラームも鳴らす。ストラップまたはキーホルダーで、携帯電話やランドセルに取り付ける。価格は1個5千円くらい。これなら、首都圏3千万人全員が着用できるだろう。

 このアイデアを持参して、放射線検出器が専門である京大原子核工学科の教授を訪ねた。この教授は、筆者が原子炉で大学院時代を過ごした時の二つ上の先輩である。また、緊急建言に名を連ねている16人の中の京大名誉教授の弟子の一人でもある。

 きっと力になってくれるだろう、そう確信していた。ところが、この教授の第一声は、「そんなもん作ってどうすんの? いったい誰が買うのかね?」であった!

 がっかりしたことこの上ない。気を取り直して、首都圏のスーパーでは食品の産地が何処かピリピリしながら買い物していることを説明したが、彼は、「大騒ぎしすぎなんだよ。出荷制限なんて無意味。食ったって何の問題もないよ」とのたまう始末である(しかし彼が「うちの子供には食わせないけどね」と小声で言ったのを筆者は聞き逃さなかった)。彼の師匠である京大名誉教授は、緊急建言を発表しているのに、この無責任さ、能天気さは一体何なんだ?

 この教授の協力を求めることはあきらめた。しかし、筆者はたまごっち型放射線検出器の製品化をあきらめきれない。製品化にご協力いただける企業は無いか、これからも探すつもりだ(放射線線量計大手の堀場製作所殿、いかがでしょうか?)。