♪  半導体技術者の視点で、社会科学の研究を推進中。  ♪  社会科学者の視点で、半導体の技術開発を推進中。  ⇒ 最新記事と講演については、facebookでもお知らせしています。

IoT(モノのインターネット)はどこがすごい?
未来予測の手段となって巨大市場を生み出す

朝日新聞WEBRONZA 2015年1月20日

良く分からないIoT


 IoT(Internet of Things=モノのインターネット)がブームである。新聞や雑誌では、毎日のようにIoTが取り上げられている。1月初めにラスベガスで開催された家電の見本市Consumer Electronics Show(CES)でも、IoTとそれに関係するウエアラブル端末で溢れかえっていたようである。

米国の家電見本市で発表されたセレボのスノーボード用金具「XON(エックス・オン)」。上手に滑れているか光って知らせたり、タブレット端末でチェックしたりできる = 1月5日、米ラスベガス、高木真也撮影



走った距離や走行ルートを記録し、スマホで確認できるペダル。位置情報を送るため、盗まれても追跡できる = 米ラスベガス、宮地ゆう撮影



 ところが、IoTとは何かが今一つ良く分からない。

 なぜ、あらゆるモノとモノがネットでつながる必要があるのだろう。IoTに懐疑的な人は私の他にもいる。

 例えば、米国の電機電子業界誌EE Timesの吉田順子記者は、「IoTを考える - 洗濯機とグリルの通信に、意味はあるのか」という題名でIoTを批判する記事を書いている(EE Times 2014年7月22日)。

 また、「米シスコシステムズによるとネットにつながる機器の数は15年に250億個、20年に500億個に達する見通し。米IDCの予測では、関連機器やソフト、サービスの市場規模は20年に7兆650億ドルに膨らむ」(日経新聞2014年6月17日)と報道されているが、IoTによって、どうしたらこのような巨大市場が生まれるのか納得がいかなかった。

 

IoTは未来を予測する


 そのような中、松田卓也著『2045年問題 コンピュータが人類を超える日』(廣済堂新書)と矢野和男氏の記事『ビッグデータとIoT 日立が到達した本質』(日経エレクトロニクス2015年1月5日号)を読み、1月3日に放送されたNHKスペシャル『ネクストワールド 第1回 未来はどこまで予測できるか』を視聴して、やっとIoTの何たるかが分かってきた。

 私の理解したところによれば、IoTの本質を示すキーワードは「センサー」「ビッグデータ」「人工知能」の三つである。そして、IoTによって実現されることとは、「未来予測」である。

 その根底には、「コンピュータ―が指数関数的に処理能力を向上させている」ということがある。この原動力となっているのは「半導体のトランジスタ集積度は2年で2倍になる」というムーアの法則だ。「指数関数的に進歩する」という性質が重要で、このままいくと、コンピュータ―は2045年には全人類の能力を遥かに超えてしまうと、米・未来学者のレイ・カーツワイルは予測している。これを「2045年問題」または「特異点問題」と呼んでいる。

 本当にそんなことが起きるかどうかは分からないが、コンピュータ―の進歩は今後も続くであろうし、コンピュータ―が進歩すれば莫大なデータをより短時間で、より低コストで処理することを可能にする。

 例えば、現在のスーパー・コンピュータ―「京」の処理スピードは、1980年代のスパコンの1000万倍にまでなっている。そして、今、あなたの手のひらに収まるスマホは、教室の半分ほどの場所をとっていた1980年代のスパコンの能力をはるかに上回る。

 さらにコンピュータ―の処理能力の向上は、人工知能の進歩も促進した。2005年にはチェスで人間に勝利し、2011年には、IBMの人工知能ワトソンが、米国のクイズ番組「ジェパディ!」で人類代表のクイズ王2人に勝利した。このままコンピュータ―や人工知能が進歩し続けると、どのようなことが可能になるのか?

 

すでに始まっている未来予測


 NHKスペシャルでは、人工知能による未来予測が既に実用化されている事例を紹介していた。

 カリフォルニア州サンタクルーズは、犯罪数が多く、警察官の数が不足していたため、人工知能による犯罪予測システムを導入した。年間12万件ペースで発生している過去の犯罪記録を全て人工知能に読み込ませた上で、「どこの街灯が故障している」「バーの開店時間は何時」など、センサーを通じて街中のビッグデータを収集する。人工知能は、過去の犯罪記録をパタン化し、現在のビッグデータと照合して、いつ、どこで、どのような犯罪が起きそうかを予測する。ただし「なぜ起きるか」という理由は示されない。

 人工知能が予測した犯罪予測マップに従って、警察官が巡回するようになると、逮捕者数は5割増加し、犯罪率は2割低下したという。30年後は犯罪が起きる前に逮捕が可能になるかもしれないそうだ。(それって犯罪なのだろうか?)

 もう1つの例は、ヒット曲の予測システムだ。人工知能にクラシック、ジャズ、ロックなどありとあらゆるジャンルの300万曲をインプットした。全ての楽曲はメロディ、リズムなど70の要素に分解し、ヒット曲のパタンを分析する。すると、ヒット曲は60のカテゴリに分類できるという。ただし、「なぜヒットしたか」は示されない。

 この分類に基づいて人工知能は、無名のシンガーソングライターであるハイディ・メリルさんがネットに投稿した楽曲がヒットすることを予測した。それまでニューヨークのバーなどを中心に活動していたメリルさんは、プロの音楽プロデュサーのもと、メジャーデビューを果たし、さらには世界中のTV番組に出演し、ネットでのダウンロードは2500万回を超えているという。

 音楽業界では、こうした動きが広がっており、アーティストの90%は予測システムによって発見されていると言う。2045年には、ヒット曲そのものを人工知能がつくる時代になるかもしれないそうだ。

 

そのとき、人間は何をするのか?


 未来を予測するには、ビッグデータを集め、処理(計算)し、仮説を立ててデータ間の相関関係を見出すことが必要だ。

 ここで「IoTとは何か」を考えてみると、「人を介さずにビッグデータを収集するための一手段」と言えるかもしれない。「スマホの次は何か?」と話題になっているメガネ型や時計型のウエアラブル端末なども、センサーの一部と見做すことができる

 しかし、未来予測を行うためには、年間出荷数が十数億台のスマホやウエアラブル端末だけでは足りない。シスコシステムズの言う「2020年に500億台」も大した数ではない。

 米国では、産学連携で、毎年1兆個のセンサーを活用する「Trillion Sensors Universe」を実現しようとしている。1兆個のセンサーで、医療・ヘルスケア、流通・物流、農業、社会インフラなどを覆い、そこから得られるビッグデータを未来予測に活用するのである。

 この動きが加速すれば、2045年には何と250兆個のセンサーからのビッグデータが集められるという。このような規模のビッグデータにおいては人間にはとりつく術がなく、人工知能の独壇場となる。

 センサーがデータを発信し、それらビッグデータをコンピュータ―が収集し、そのデータを利用して人工知能が仮説を立て因果関係を見つけ未来予測する。すると、「風が吹けば桶屋が儲かる」といった、一見すると可能性が低そうな因果関係を発見することも簡単にできるようになるのだろう。「IoTで7兆650億ドルの市場」は、こうして誕生すると考えられる。

 しかしそのとき、人間は一体何をするのか? コンピュータ―も人工知能も、「桶屋が儲かるにはどうしたら良いか?」という問題を設定することはできない。つまり、人間の役割は、人工知能に解決させたい問題を見つけることだ。そんな時代は、もう、すぐそこまで来ているようだ。