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インテルがビッグデータ制覇へ向け動き出した
プロセッサメーカー買収と新型メモリ開発の意味

朝日新聞WEBRONZA 2015年12月9日

 パソコン(PC)市場の縮小により窮地に追い込まれていた米インテルが反転攻勢に打って出た。米アルテラを167億ドルで買収し、米マイクロンと共同で新型メモリ「3D XPoint(スリー・ディ―・クロスポイント)」を開発したのだ。
 
 アルテラは、米ザイリンクスと並ぶFPGAメーカーの世界二強の一つ。FPGAとはField Programmable Gate Arrayの略で、チップを製造した後にプログラムが可能なプロセッサである。
 
 一方、3D XPointは、「アクセス時間と書き換え回数はNANDフラッシュメモリの1000倍で、メモリセル密度はDRAMの10倍」とだけ発表され、動作原理などは一切秘密となっている。尚、DRAMはPCなどコンピュータのメインメモリ、NANDはデータの保存に使われるメモリである。
 
 本稿では、PC用プロセッサで半導体売上高世界一に登りつめたインテルが次に何を狙っているかを論じたい。
 
 

インテルがアルテラを買収したわけ

 
 インテルは、PC用プロセッサがジリ貧、スマホ用プロセッサへの参入を試みるも大赤字、データセンター用プロセッサが唯一、稼ぎ頭となっていた。
 
 ところが、2014年に米マイクロソフトが検索エンジンBingの高速処理のためにFPGAを導入するなど、データセンター用プロセッサとしてFPGAが急浮上してきた。
 
 FPGAは電力当たりの性能でインテルのプロセッサより検索処理では約10倍、複雑な金融モデルの解析では実に約25倍も高いという。このままいくと頼みの綱であるデータセンター事業も失うことになる。インテルとしては生き残りのために何としてもアルテラを買収しなくてはならなかったのである。
 
 

新型メモリ「3D XPoint」を発表

 
 アルテラ買収の合意の発表(6月1日)から2カ月弱、今度は新型メモリをマイクロンと共同で発表した(7月28日)。これが3D XPointで、「1989年のNANDフラッシュメモリ以来のブレークスルー」と両社は革新性をセンセーショナルにアピールしている。
 
 発表によれば、3D XPointは電源を切ってもデータが消えない不揮発性メモリで、①アクセス時間はNANDの1000倍、②書き換え可能回数もNANDの1000倍、③メモリセル密度はDRAMの10倍であるという。
 
 こう書くと凄いメモリが突如出現したような印象を受けるが、見方を変えると、①アクセス時間はDRAMと同程度、②書き換え回数はDRAMよりはるかに低く、③メモリセル密度もNANDと同程度である。つまり、3D XPointは、DRAMとNANDの中間に位置するような、何とも中途半端なメモリと言える。
 
 また、動作原理や使用する材料については、「特殊な複合材料を開発した」としか発表されず、謎に包まれたままである。果たして、3D XPointの正体は何か。
 
 

3D XPointはストレージクラスメモリ(SCM)

 
 現在、コンピュータに使われているメモリは、次のような階層構造を形成している(図1)。
 

 
1)プロセッサのレジスタやキャッシュメモリに使われるSRAM、
 
2)メインメモリとして用いられるDRAM、
 
3)ストレージに利用されるNANDやHDD(ハードディスクドライブ)。
 
 ところが、DRAMとNANDのアクセス時間には3桁~最大6桁も差があり、データ処理のボトルネックになっている。特にビッグデータの普及によりデータ量が飛躍的に増大しているため、アクセス時間は長くなる一方である。そこでDRAMとNANDの間に、性能差を埋める新型メモリを導入しようというのが、SCMの考え方である。
 
 そして、このSCMに、3D XPointの特徴が丁度うまく適合するのである。
 
 現在、半導体市場に、SCMという市場は存在しない。したがって、3D XPointはSCMという新市場を創造し、イノベーションを起こす可能性が高い。
 
 

インテルの野望

 
 インテルは、1992年以降、半導体売上高ランキングで世界1位に君臨している。その原動力は、PC用プロセッサで価格支配権を持っていることによる。その背景には、インテルのプロセッサでのみマイクロソフトのウインドウズが動く、いわゆる「ウインテル連合」の存在がある(ただし、ウインドウズ8以降、この連合は解消された)。
 
 加えてインテルは、プロセッサが搭載される純正チップセットを販売しており、これが価格支配権に大きく寄与している。チップセットには、メモリインターフェースやグラフィックインターフェースなどの制御回路が搭載されている。したがって、DRAMなどのメモリやGPUと呼ばれるグラフィックスチップなど各種部品は、インテルが決めたインターフェースに合うように製造しなくてはならない。つまり、インテルは、PCのアーキテクチャ自体を支配している。PCの世界は、インテルを中心に回っているのだ。こうしてインテルは、価格支配権を持つようになった。
 
 インテルはこれと同じことを、新たなデータセンター事業でも目論んでいると考えられる。すなわち、FPGAをプロセッサに、3D XPointをSCMに使う。そして、各メモリ間の入出力規格を決定し、チップセットのようなモジュールを販売、データセンターのデファクト・スタンダードを支配するのである。
 
 さらにこの技術は、ビッグデータを扱う自動運転車、医療技術、ハイスペック・ゲームマシンなどにも、幅広く応用できる。
 
 例えば、自動運転車では、画像データなどをNANDなどのストレージに保存し、そのデータをプロセッサが処理して、減速する、加速する、曲がる、などの判断を行う。この一連の作業を、高速で行わなければならない。ここに、FPGAおよびSCMとしての3D XPointが大きな効力を発揮する。
 
 インテルは、ビッグデータ時代の覇者を目指して、FPGAと3D XPointという布石を打った、と言えよう。