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10年後に医者は失業し、看護師は失業しない
ノロウイルス感染で入院して確信したこと

朝日新聞WEBRONZA 2016年3月25日

 都立小児総合医療センター(府中市)でノロウイルスの院内感染が発生、3月18日までに生後2か月~10歳の入院患者10人が感染し、うち2歳男児が死亡したと東京都が発表した。
 
 実は私も、2月にノロウイルスに感染して丸々1週間入院し、大変苦しい思いをした。その時、「10年後に医者は失業するが看護師の仕事はなくならない」と確信するに至った。以下に詳述したい。
 
 

突然嘔吐と下痢の発作に襲われる

 
 2月8日の15時過ぎ。ちょうど、WEBRONZAの「シャープ買収の行方を占う」の原稿を書き終えた直後に、突然、激しい嘔吐と下痢の発作に襲われた。その発作は30分~1時間おきに断続的やってきたため、私はトイレの前に毛布にくるまって動けなくなってしまった。21時ごろ、仕事から帰宅した家内は私の衰弱ぶりに驚き、救急病院に搬送した。
 
 病院に着いたとき、もはや私は自力で歩けない状態で、生まれて初めて車椅子のお世話になった。そして当直医の元に連れていかれ、症状を説明しようとしたとき臨界点を超え、医者の前で盛大に吐いてしまった。
 
 このアピール(?)が効いてしまったため、その場で即、入院が決まった。これも生まれて初めてのことだ。霞む記憶の中で、「もしかしたらノロウイルスかもしれない。脱水症状を起こしかけている。このまま放置すると脳梗塞になるかもしれない」という恐ろしげな医者の声が聞こえてきた。
 
 私は隔離病棟の個室に入れられ、面会謝絶となった。そして、翌日の検査により、予想通り「ノロウイルスに感染」と診断された。その結果、丸々1週間の入院を余儀なくされた。
 
 

ノロウイルスとは

 
 ノロは、そのウイルスを口から吸入することによって伝染する。感染した人の吐瀉物や便には数十億個のノロウイルスが含まれていて、そのうち、わずか10~100個ほどを吸い込むと容易に感染するという。
 
 厄介なのは、ノロウイルスが熱にも乾燥にも強いことである。私は、自宅から病院に搬送されるまでの間に、我慢できずに道端に3回吐いてしまったが、これによって新たなノロ感染者を生み出してしまったかもしれない。誠に申し訳ないと思う。
 
 ノロに感染しないためには、ウイルスを吸い込まないようにするしかない。そのためには、基本的なことだけれど、手洗いとうがいの励行しか対策はないようだ。
 
 潜伏期間は24~48時間。私は、2月8日の15時ごろ発症したから、6日の15時以降に、どこかで10個以上のノロウイルスを吸引してしまったわけである。
 
 

身体と精神状態は反比例

 
 入院の翌日には、抗生物質の点滴が効いたのか、吐き気は治まった。しかし、下痢は続いており、点滴の袋をつるしたスタンドをガラガラ引いて、1時間に1回程度、ベッドとトイレの往復をしていた。入院から3日もすると、トイレに行く回数が減ってきた。それと共に、水のようだった便も軟便になってきた。どうやら、ヒドイ症状のピークは超えたと思われた。
 
 しかし、身体が回復に向かうのとは反比例して、精神状態は悪化していった。というのは、私はコンサルタントや記事の執筆を仕事とする自営業者である。会社員と違って休業補償も有給休暇も何もない。入院している間は、収入が一銭もないのである。
 
 仕事の予定や締め切りは、電話(本当は禁止)や携帯のショートメールで連絡して延期してもらうしかなかった。入院直前に書いたWEBRONZAの原稿のゲラ直しも、こっそり電話して対応した。自分としては、そろそろ点滴を外してもらって、退院に向けて準備をしたかった。
 
 しかし、気が付いてみたら、なぜか主治医は一度も回診に来ていない。看護師が時々様子を見にやって来るので、「何か食べたい」「そろそろ退院したい」ことを訴えるが、「それを判断するのは私ではない」と言われる。
 
 私は、仕事が切迫していることに焦り始めていた。そのような中、私の頭に浮かんでいたのは、英オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授が、2013年に発表した論文「雇用の未来」である。
 
 オズボーンは論文の中で、「人工知能やロボットが普及すると、人間の行う仕事の約半分が機械に奪われる」という衝撃的な予測を論じた。
 
例えば、オズボーンが挙げた「消える職業」「なくなる仕事」の確率が高いものの一部を、表1に記載する。これはごくごく一部で、大企業では、中間管理職や総務、経理、法務などの事務部門が軒並みいらなくなり、最終的にはトップの経営者と末端の作業者だけになるという説もある。あなたは、果たして大丈夫だろうか?
 

 
 私は入院中の焦燥感の中で、このオズボーンの論文を思い出し、「10年後に医者は失業するだろう、しかし看護師の仕事はなくならない」ことを確信した。
 
 

医者は失業するが看護師の仕事はなくならない

 
 この病院は、昨年末に建て替えられ、今年1月から再開したばかりだった。そして、そのリニューアルの際、最先端のITシステムを導入していた。
 
 例えば、私への処置は次のように行われる。看護師はオンライン化されたコンピューターを台車で運んできて、接続されているバーコードリーダーで私のリストバンドのバーコードを読み取る。すると、このコンピューターには、「湯之上に抗生物質の何々を点滴せよ」というような主治医の指示が表示される(のだと思う)。
 
 看護師は、自分のネームプレートのバーコードを読み取り、さらに目的とする点滴のバーコードを読み取ってから、私にその点滴を施す。これらの処置は、すべてオンライン上のデータとして、主治医などの関係者が確認できるようになっている。
 
 つまり、主治医の指示はすべてコンピューターを経由して行われ、看護師はその指示に従って処置を行い、その記録は全てオンラインデータになる。そのとき、看護師は同時に患者の容体についてもコンピューターに打ち込む。そのデータを見て、医者は次の指示をコンピューター経由で出すのだ。
 
 入院中、数時間おきに看護師がやってきて、体温や血圧を測り、様子を聞き、コンピューターに打ち込んでいた。主治医の回診が退院まで一度もなかったのは、このようなITシステムがあったからだろう(しかし、一度も診に来ないというのはひどくないか?)。
 
 こうして「主治医は人間の医者である必要はない」と私は悟った。病気の症例に関する十分なデータベースと、それを基に判断する人工知能があれば、人間の医者は不要である。恐らく、10年後には医者のほとんどが失業するだろう。
 
 一方、主治医の指示に従って、点滴や注射をし、体温や血圧を測り、患者の容体を観察する看護師は必要である。ロボットがすべてを代行できるとは思えない。何より、患者に直接触れて、「昨日より良くなったね、もう少しだから頑張ってね」と暖かく励ますことは、人間にしかできないことだろう。同じことをペッパー君に言われても、患者の心に響くとは思えない。だから、「医者は失業するが、看護師の仕事はなくならない」という確信を持ったのだ。
 
 直近では、米グーグルが開発した人工知能の「アルファ碁」が、世界トップ級のプロ棋士である韓国のイ・セドル九段に4勝1敗で勝利し、「向こう10年は勝てないだろう」という予測をいとも簡単に覆した。オズボーンの「人工知能やロボットが人間の仕事を奪う」予測の実現時期も、今後、早まると思う。