エルピーダで『不本意な敗戦』の坂本幸雄氏は今
新たに設立した会社は再び不本意な展開に
謎に包まれているサイノキング
半導体メモリDRAMの新会社サイノキングテクノロジー(以下、サイノキング)について、様々な噂が飛び交っている。
サイノキングは、2012年にエルピーダメモリで『不本意な敗戦』(図1)を喫した坂本幸雄氏が、技術者10人らと2015年に設立したDRAM開発専門の会社である。同社のHPには、「サイノ=中国の、キング=王、つまり『中国で圧倒的に優れたDRAMを作っていきたい』というコンセプトのもとに生まれた会社」であると記載されていた(現在は全ての内容が削除されている)。
サイノキングについては、2月22日に日経新聞が、「元エルピーダ社長、新会社 次世代メモリ設計、日台中で連合」と報じた。そして、24日には坂本社長の記者会見が行われる予定だったが、その前日に中止が発表された。その後、坂本氏は一切取材に応じなかったため、サイノキングの詳細は謎に包まれたままとなり、様々な憶測を呼ぶこととなったのである。
本稿では、まずサイノキングのビジネスモデルについて説明した後、その実現可能性について私見を述べる。さらに、最近、週刊エコノミストの荒木宏香記者が坂本社長への直撃インタビューに成功した(6月21日号、90~91ページ)。この記事を基に、サイノキングの行く末について論じたい。
サイノキングのビジネスモデル
日経新聞の記事やサイノキングのHPによれば、同社は日本と台湾で計二百数十名の技術者を採用し、このメンバーの経験と技術力を核として、17年中には日本、台湾、中国で計1000人規模の技術者を有するメモリ開発会社にする計画である。
また、サイノキングは中国安徽省合肥市の地方政府が進める約8000億円をかけた先端半導体工場プロジェクトに中核企業として参画する。その際、サイノキングが次世代メモリを設計し、生産技術を供与する。
その第一弾として、あらゆるものがネットワークにつながるIoT分野に欠かせない省電力DRAMを設計開発し、早ければ17年後半に量産することを目指しているとしていた。
つまり、サイノキングは、工場投資は中国に任せて、自身はメモリのファブレス(工場を持たない半導体メーカー)になろうというのである。このアイデアは大変面白いと思った。
サイノキングの成否のカギ
スマホ用のプロセッサやデジタル家電用の半導体SOC(System on Chip)では、半導体の設計をファブレスが行い、その製造をファンドリーが行うこと、つまり水平分業が定着している。
ところが、世界を見渡してみても、メモリの水平分業が行われたことは未だない。メモリは少品種大量生産が基本であるから、ファブレス&ファンドリーモデルには適さず、設計、開発、製造をすべて1社で行う垂直統合型に向いていると思われていたからである。
しかし実際には、サーバー用、PC用、スマホ用をはじめ、様々な用途に対応するDRAMが必要である。そのため、本来はその用途ごとに設計し、プロセス開発を行うべきであるが、今までDRAM専門のファブレスは存在しなかった。
したがって、坂本氏は、世界初のDRAM専門のファブレスに挑戦するということになる。そして私は、このサイノキングの成否は「1000人規模の(日台の)技術者集団を形成できるかどうか」にかかっていると考える。
(日台の)と書き加えたところがミソで、たとえ1000人の技術者を集めることができたとしても、そのほとんどが中国人だった場合、成功は覚束ない。というのは、半導体製造には百人規模の技術者のチームワークが必要となるが、個人主義的な中国人はこのような仕事が苦手だからである。
中国の半導体製造が長期に渡って不振を極めているのは、このような理由によると考えている。また昨年来、中国の紫光集団が世界の半導体企業を技術者ごと“爆買い”し始めたのも、中国人が半導体製造が苦手であるため、自給率を上げるためにはそれしか方法がなかったと考えられる(WEBRONZA、2015年11月17日)。
このようなことから、「サイノキングは日台の技術者を集めることができるか」ということに注目していた。私の周辺では、「3~6倍の給料と、3年間は首にしないという条件で技術者をヘッドハンドしている」という話が漏れ聞こえてきていた。果たして、それに応じる技術者がいるのだろうか?
危ういサイノキングの生産計画
坂本幸雄氏 = 週刊エコノミスト提供
前掲の週刊エコノミストの記事によれば、坂本氏曰く、「現在、日本・台湾を中心に180人ほど確保しており、その中には元エルピーダの技術者もいる」。
短期間でよくぞ180人もの技術者を集めることができたものだと、まずは驚いた。その腕力や求心力には脱帽するしかない。
しかし、どうも開発や生産計画の先行きは怪しい。
坂本氏は、「(中国の)合肥市に、約1200億円を投じて、製品開発を行う工場を構える。開発工場とは別に、約7200億円かけて生産を行う工場を三つ建てる…(中略)…この三つの工場の完成は18年後半だろう」とし、「最終的には、日本や台湾、韓国の技術者は3~5年で帰国させ、中国人技術者だけで開発・運営を行っていく」と述べている。
この構想を実現するには、現在集まっている日台の180人の技術者を核として、1000人規模の技術者を集める必要がある。坂本氏は、3~5年で800人超の中国人が技術者として定着し、自力でDRAMを製造できるようになることを目論んでいるようだが、私には非現実的と思えてならない。これまで中国では、半導体技術者が育たない上に定着しない問題が、20年以上に渡って解決できなかったのだ。
サイノキングと合肥市は未だ契約未締結
しかし、技術者の問題よりももっと深刻なのは、サイノキングと合肥市が契約成立に至っていないことである。
坂本氏は、「こちらが要求する250人の技術者の報酬額に対し、市政府の承諾が得られないためだ」という。そして、「確かに、高額な報酬を要求しているが、もしプロジェクトが失敗すれば、250人の技術者が職を失う。一生困らないだけの金額を提示するのは当然だ」と強気の姿勢を崩さない。そして、「交渉が妥結しなかった場合は、合肥以外に活路を見出していく。そもそも、始めから合肥市政府と独占契約するつもりはない。市政府の出資を受けて工場をつくったとしても、開発した技術は他の地方政府や、日本、台湾、米国などへライセンスしてもうけていく」と断言している。
しかし、上記の坂本氏の発言には首をかしげざるを得ない。まず、「一生困らないだけの報酬(恐らく一人当たり億単位の年俸)」を要求するのはいかがなものか。中国の地方政府が、その条件をすんなりのむとは思えない。
その上、合肥市の出資で開発したDRAM技術を、中国国内の他地方ならまだしも、日台米など他国にライセンスすることなど、中国政府が許さないだろう。いやその前に、合肥市と契約できなければ、開発工場すらつくれないわけだから、DRAM技術は開発できず、当然DRAMも生産できず、他国へのライセンスだってできやしない。つまり、合肥と契約しなければ、何もできないことになるのではないか。
既に、180人も技術者を集めてしまったが、彼らの行く末はどうなるのだろう。サイノキングは、果たして合肥市と契約を結ぶことができるのか。注目したい。