孤族に陥りやすい技術者(2)
最先端技術者に待ち構える罠
朝日新聞WEBRONZA 2011年2月4日
技術者の中でも最先端技術者は孤族に陥りやすい。その技術が最先端であればあるほど、孤族に陥る危険性は高い。そう考える理由を、半導体技術者を例にとって説明する。
最先端半導体技術者の活動テリトリーは狭い。国際学会で活躍するごく僅かの研究者や技術者を除けば、開発センターや量産工場の多くの技術者は、自分の所属する事業所、自分の所属する部門、自分の所属するグループの閉じた世界で生涯のほとんどの時間を過ごす。
社外の学会などに年に1〜2回でも行ければましな方で、それも不況時には厳しく制限される。その結果、最先端半導体の“普通の”技術者が、外部に人脈を築くことは極めて難しい。
量産工場に在籍していた際、定年退職を間近に控えた技術者がつぶやいていたことを思い出す。「湯之上君はいいなあ。ダイビングや水泳の仲間がたくさんいて。仕事一筋だった僕には趣味もないし、会社の外に出たら友人なんて一人もいないよ」と。
半導体技術は、設計とプロセスに分けられるが、これらが細分化されている。設計技術は、アーキテクチャ設計、論理設計、回路設計、レイアウト設計と分割されている。プロセス技術には、成膜、リソグラフィ、ドライエッチング、CMP、イオン注入、洗浄、検査などがある。更にこれらを組み合わせて500〜1000工程にも及ぶ製造フローを構築するインテグレーション技術がある。
上記の細分化された技術が恐ろしい速度で最先端を突き進んでいる。それぞれの技術が極度に専門化し先鋭化している。その結果、リソグラフィ技術者は、一生、リソグラフィ技術者であり続ける。リソグラフィ以外の技術に鞍替えすることは、よほどの事情がない限りあり得ない。
私は、16年半の間、ドライエッチング技術者だったのだが、もし、日立を辞めなかったら、おそらく今もドライエッチングをやり続けていただろう。また、それ以外の技術をやれと言われても適応することは困難だったと思う。
このような最先端の半導体技術者が、会社から肩をたたかれたらどうなるか?自分の専門性とキャリアを生かして転職することは極めて難しいものになる。
実際に、2001年の半導体不況の際、早期退職勧告を受けた私は、そのことを嫌というほど味わった。当時私は41歳。ドライエッチング技術の実績により工学博士の学位も取得していた。しかし、転職においてそんなものは何の役にも立たなかった。あくまでドライエッチングに固執した場合、転職可能だった職は、派遣会社か量産工場のオペレータであった。
幸いにして、工学博士を持っていたことと、日立以外に多くの人脈を持っていたことが奏功して、同志社大学の教員のポストを得ることができた。しかし、今振り返ってみても、単に運が良かっただけであり、背筋がゾッとする。
現在、半導体技術者が転職市場に溢れているという。リーマン・ショックを契機に、エルピーダメモリは産業再生法第1号適用を受け、公的資金300億円が注入された。ルネサスはNECエレクトロニクスと経営統合し、約5万人の社員の1割を削減すると発表した。東芝はシステムLSIを再編し、長崎工場をソニーへ売却するとともに、次世代以降の最先端システムLSIをサムスン電子等のファンドリーへ生産委託すると発表した。富士通マイクロエレクトロニクスも、東芝と同様に、最先端システムLSIをTSMCへ生産委託すると発表した。また、米AMDと富士通との合弁会社スパンジョンは倒産した。
このような結果、国内の多くの半導体技術者が職場を追われようとしている。しかし、最先端技術者は、最先端であるが故に転職できない。自分の専門以外の技術には適応できないからだ。
早期退職を勧告され、転職活動を始めたものの、容易に転職できない。早期退職の期限は刻々と迫ってくる。早期退職の期間内に退職すれば、2年間の年俸分が退職金に上乗せされる。しかし、期限が過ぎれば、それは支払われない。
私は、転職先を決めてから退職することを優先したため、辞表を出したときは早期退職期間を1週間ほど過ぎており、約2500万円を貰い損ねた。その上、自己都合退職になってしまった。
では、転職先が決まらないまま早期退職に応じたらどうなるか? 2年間の年俸分を貰えるのだから、転職してからじっくりと退職先を探せばいいじゃないか? そう思うかもしれない。実際に、そうする技術者が多いはずだ。しかし、これこそが孤族に転落する罠となる。
まず、国内の半導体産業は凋落が止まらない。したがって、国内でキャリアを生かした転職事情が好転することは期待できない。
また、仮に転職事情が好転したとしても、履歴に空白期間がある者は、まともな職に就くことができない。例えば、日立を辞めて1年間ほど無職の期間があったとする。この空白の1年間が、転職を今まで以上に困難にしてしまうのだ。少なくとも、日本のまともな企業は、無職の期間がある者を採用しない。
では、海外に目を向けたらどうか?
日本よりは転職の可能性は高いかもしれない。しかし、そこで問題になるのは、やはり、“最先端”ということである。海外の半導体メーカーが採用したいのは、即戦力の最先端半導体技術者である。ところが、技術者が肩をたたかれ、転職活動をし、早期退職し、…などと技術の現場から1年も離れていれば、最先端技術はさらに遠く先に行ってしまっている。最先端技術は、あっという間に陳腐化してしまうのだ。海外メーカーは、賞味期限を過ぎた元最先端技術者を採用しない。
結局、会社から肩をたたかれた時点で、最先端技術者(の多く)は、ジ・エンドなのだ。そして、転職先が決まらぬまま、早期退職した技術者は、技術者としての寿命も尽きるのである。
40〜50代になった最先端の半導体技術者が、会社の経営不振により早期退職を迫られ、他の技術分野へ鞍替えすることもできず、他の業界に行くこともできず、早期退職に応じるしか道がなく、無職の期間を作ってしまい、その結果まずます就職が困難になる。
世間では「高学歴ワーキング・プア」、「ホームレス博士」などが取りざたされている。“元最先端ワーキング・プア”、“元最先端ホームレス”が出現してもおかしくない状況である。
前回、結婚できない(しない)技術者が多いことを書いた。単身の最先端技術者が孤族に陥る危険性は、非常に高いと思われる。
最先端半導体技術者の活動テリトリーは狭い。国際学会で活躍するごく僅かの研究者や技術者を除けば、開発センターや量産工場の多くの技術者は、自分の所属する事業所、自分の所属する部門、自分の所属するグループの閉じた世界で生涯のほとんどの時間を過ごす。
社外の学会などに年に1〜2回でも行ければましな方で、それも不況時には厳しく制限される。その結果、最先端半導体の“普通の”技術者が、外部に人脈を築くことは極めて難しい。
量産工場に在籍していた際、定年退職を間近に控えた技術者がつぶやいていたことを思い出す。「湯之上君はいいなあ。ダイビングや水泳の仲間がたくさんいて。仕事一筋だった僕には趣味もないし、会社の外に出たら友人なんて一人もいないよ」と。
半導体技術は、設計とプロセスに分けられるが、これらが細分化されている。設計技術は、アーキテクチャ設計、論理設計、回路設計、レイアウト設計と分割されている。プロセス技術には、成膜、リソグラフィ、ドライエッチング、CMP、イオン注入、洗浄、検査などがある。更にこれらを組み合わせて500〜1000工程にも及ぶ製造フローを構築するインテグレーション技術がある。
上記の細分化された技術が恐ろしい速度で最先端を突き進んでいる。それぞれの技術が極度に専門化し先鋭化している。その結果、リソグラフィ技術者は、一生、リソグラフィ技術者であり続ける。リソグラフィ以外の技術に鞍替えすることは、よほどの事情がない限りあり得ない。
私は、16年半の間、ドライエッチング技術者だったのだが、もし、日立を辞めなかったら、おそらく今もドライエッチングをやり続けていただろう。また、それ以外の技術をやれと言われても適応することは困難だったと思う。
このような最先端の半導体技術者が、会社から肩をたたかれたらどうなるか?自分の専門性とキャリアを生かして転職することは極めて難しいものになる。
実際に、2001年の半導体不況の際、早期退職勧告を受けた私は、そのことを嫌というほど味わった。当時私は41歳。ドライエッチング技術の実績により工学博士の学位も取得していた。しかし、転職においてそんなものは何の役にも立たなかった。あくまでドライエッチングに固執した場合、転職可能だった職は、派遣会社か量産工場のオペレータであった。
幸いにして、工学博士を持っていたことと、日立以外に多くの人脈を持っていたことが奏功して、同志社大学の教員のポストを得ることができた。しかし、今振り返ってみても、単に運が良かっただけであり、背筋がゾッとする。
現在、半導体技術者が転職市場に溢れているという。リーマン・ショックを契機に、エルピーダメモリは産業再生法第1号適用を受け、公的資金300億円が注入された。ルネサスはNECエレクトロニクスと経営統合し、約5万人の社員の1割を削減すると発表した。東芝はシステムLSIを再編し、長崎工場をソニーへ売却するとともに、次世代以降の最先端システムLSIをサムスン電子等のファンドリーへ生産委託すると発表した。富士通マイクロエレクトロニクスも、東芝と同様に、最先端システムLSIをTSMCへ生産委託すると発表した。また、米AMDと富士通との合弁会社スパンジョンは倒産した。
このような結果、国内の多くの半導体技術者が職場を追われようとしている。しかし、最先端技術者は、最先端であるが故に転職できない。自分の専門以外の技術には適応できないからだ。
早期退職を勧告され、転職活動を始めたものの、容易に転職できない。早期退職の期限は刻々と迫ってくる。早期退職の期間内に退職すれば、2年間の年俸分が退職金に上乗せされる。しかし、期限が過ぎれば、それは支払われない。
私は、転職先を決めてから退職することを優先したため、辞表を出したときは早期退職期間を1週間ほど過ぎており、約2500万円を貰い損ねた。その上、自己都合退職になってしまった。
では、転職先が決まらないまま早期退職に応じたらどうなるか? 2年間の年俸分を貰えるのだから、転職してからじっくりと退職先を探せばいいじゃないか? そう思うかもしれない。実際に、そうする技術者が多いはずだ。しかし、これこそが孤族に転落する罠となる。
まず、国内の半導体産業は凋落が止まらない。したがって、国内でキャリアを生かした転職事情が好転することは期待できない。
また、仮に転職事情が好転したとしても、履歴に空白期間がある者は、まともな職に就くことができない。例えば、日立を辞めて1年間ほど無職の期間があったとする。この空白の1年間が、転職を今まで以上に困難にしてしまうのだ。少なくとも、日本のまともな企業は、無職の期間がある者を採用しない。
では、海外に目を向けたらどうか?
日本よりは転職の可能性は高いかもしれない。しかし、そこで問題になるのは、やはり、“最先端”ということである。海外の半導体メーカーが採用したいのは、即戦力の最先端半導体技術者である。ところが、技術者が肩をたたかれ、転職活動をし、早期退職し、…などと技術の現場から1年も離れていれば、最先端技術はさらに遠く先に行ってしまっている。最先端技術は、あっという間に陳腐化してしまうのだ。海外メーカーは、賞味期限を過ぎた元最先端技術者を採用しない。
結局、会社から肩をたたかれた時点で、最先端技術者(の多く)は、ジ・エンドなのだ。そして、転職先が決まらぬまま、早期退職した技術者は、技術者としての寿命も尽きるのである。
40〜50代になった最先端の半導体技術者が、会社の経営不振により早期退職を迫られ、他の技術分野へ鞍替えすることもできず、他の業界に行くこともできず、早期退職に応じるしか道がなく、無職の期間を作ってしまい、その結果まずます就職が困難になる。
世間では「高学歴ワーキング・プア」、「ホームレス博士」などが取りざたされている。“元最先端ワーキング・プア”、“元最先端ホームレス”が出現してもおかしくない状況である。
前回、結婚できない(しない)技術者が多いことを書いた。単身の最先端技術者が孤族に陥る危険性は、非常に高いと思われる。