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マイコン世界シェア1位のルネサスが低収益なわけ

朝日新聞WEBRONZA 2011年5月12日
 5月連休中に、日経新聞の編集委員から、「自動車用マイコンの世界シェアが1位であるにも関わらず、なぜ、ルネサスは低収益なのか」という電話取材を受けた。筆者の見解の一部は、5月4日朝刊の「欠かせぬルネサス、なぜ赤字、『下請け』体質で利幅薄く」という記事に反映された。しかし、インタビューの出所は示されていない。いつもながら、大手メディアの不誠実さには腹が立つ。仕方がないので、オリジナリティの在処を明確にするためにも、筆者の見解を本稿に示す。

 新聞やテレビで報道されている通り、茨城県にあるルネサスエレクトロニクスの那珂工場が直接被災した。その結果、那珂工場からマイコンを調達していたトヨタやGMなどの自動車メーカーの生産が滞った。

 マイコンとは、クルマだけでなく、PC、携帯電話、家電などの制御に使われる半導体製品であり、MPUまたはCPUとも呼ばれる。

 PC用のCPUでは、米インテルが世界シェア80%を占めている。インテルは、半導体売上高1位の企業である。2010年は、売上高436億ドル、営業利益159億ドル、営業利益率36.5%であった(インテルのHPより)。

 一方、ルネサスは、自動車用のマイコンにおいて世界シェア40%を占めている。売上高ランキングは5位(米Gartner, Inc.)。2010年は、売上高1兆1500憶円、営業利益70億円、営業利益率はたったの0.61%だった(ルネサスのHPより)。
 
 同じ半導体、同じマイコンを製造しているのに、この利益率の差は一体どういうことなのか? とにかく、ルネサスの収益性の低さは、断トツなのである(図1)。
 

図1 主な半導体メーカーの売上高と営業利益率


 この理由として、1.価格支配権、2.不良率、3.オーバーヘッド、4.選択と集中、5.技術開発や製造方法などがある。以下では、もっとも大きな要因である1.と2.について説明する。
 

1)価格支配権


 インテルは、PC用のCPUを製造・販売するとともに、CPUが搭載される純正のチップセットも販売する。チップセットには、メモリインターフェースやグラフィックインターフェースなどの制御回路が搭載されている。したがって、メモリ(DRAM)やグラフィックスチップ(GPU)などの部品は、インテルが決めたインターフェースに合うように製造しなくてはならない。つまり、インテルは、PCのアーキテクチャ自体を支配している。PCの世界は、インテルを中心に廻っているといえる。こうして、インテルは、価格支配権を持つようになった。

 一方、クルマの世界において、価格支配権を持っているのは、クルマメーカーである。つまり、トヨタである。クルマ業界は、完成車メーカーを頂点としたピラミッド構造を成している。トヨタの下に1次下請けのデンソーがあり、その下に2次下請け、3次下請け、…と続く。恐らく、ルネサスは、3次下請けか4次下請けになるだろう。つまり、ルネサスは、完成車メーカーからすると、まったく顔の見えない単なる下請けの「部品屋」に過ぎない。上位メーカーから言われた仕様、言われた価格で、言われたとおりに作るしかないのである。

 恐らく、インテルとルネサスの収益性に大きく差が出る第一の理由は、このような価格支配権の有無であろう。
 

2)不良率

 
 クルマメーカーは、自動車用マイコンに対して、どのような仕様を要求しているのか。家電用の半導体との比較から、自動車用マイコンの仕様の厳しさが分かるだろう(図2)。
 

図2 自動車用(左)と一般用(右)の半導体への要求

 
 温度−40〜175(200)℃、湿度95%の環境で、20年の品質保証、不良率は1ppm(百万分の1)以下でなくてはならない。それでいて、価格は徹底的に「Low」を求められる。
 
 ところが、実際にルネサスの那珂工場で、自動車用マイコンの製造にかかわっていた技術者から、凄まじい話を聞いた。その話によれば、トヨタやデンソーは、百万分の一以下どころか、「不良ゼロ」を要求するというのである。自動車用マイコンが1個でも動作不良を起こせば人が死ぬ、だから、不良はゼロでなくてはならない。100万個作ろうが1千万個作ろうが、不良はゼロでなくてはいけない。だから、不良率何ppmという定義はない。厳密にゼロでなくてはならない、とのことである。

 この思想は分からなくはない。しかし、実現不可能である。工業製品が壊れないということはあり得ない。このような思想は、あくまで理想論であって、工業製品の仕様にするべきではない。

 ちょっと脇道にそれるが、トヨタやデンソーが要求する「不良ゼロ」は、原発を推進してきた政府や東京電力などが言い続けてきた「原発は絶対に安全」という話と同類ではないかと思う。人間が作り出した原発も壊れるものである、という前提に立って、危機管理を用意周到に行うべきだったのだ。神様ではないのだから「絶対安全」などと傲慢不遜なことは言ってはいけなかった。それと同様に、自動車用マイコンだって、「壊れるかもしれない」という前提に立って、クルマの安全システムを構築するべきである。

 話を元に戻すと、下請けのそのまた下請であるルネサスは、悲しいかな「不良ゼロ」の要求をのまざるを得ない立場にあった。そのため、製造過程において検査に次ぐ検査を行い、選別に次ぐ選別を行わざるを得ないのである。検査検査と簡単に言うが、半導体ウエハ上の欠陥を検査する装置は、5億円以上する。これをずらりと並べて検査しまくらなくてはならない。そして、欠陥があればもちろんのこと、僅かでも不安な点があれば、即、それはロットアウト、すなわちシリコンウエハ25枚入りの1カセットすべて廃棄処分である。

 このようにして製造原価は雪だるま式に膨れ上がる(残念ながら不良もゼロにはならない)。しかし、価格は変わらない。というより、常にコストダウンを要求される。その結果、まったく利益が出ないということになる。

 現在、ルネサス那珂工場では、「絆プロジェクト」が進行中である。経済産業省と自動車工業会が音頭を取り、取引先のクルマメーカーから応援部隊2,500人が駆け付け、夜を徹して復旧作業が続けられているという。

 それほど重要なマイコンなら、もっと価格を上げてもらえばいいじゃないと思う。ところが、ルネサスの知人に話をしても、「いやー、それが難しくって…」となぜか弱腰である。今が価格支配権を得る千載一遇のチャンスだと思うのだが。