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「売れるものを作る」韓国、「作ったものを売る」日本

朝日新聞WEBRONZA 2011年7月22日
 日本エレクトロニクスの地盤沈下が止まらない。何故か?
 
 韓国企業は「売れるものを作ろう」としている一方、依然として日本企業は「作ったものを売ろう」としているからだ。その差を痛感したのは、2007年7月から9月にかけて、世界一周してみたときだ。

 13か国に滞在し、40社以上のエレクトロニクス関係の会社を訪問した。また、各国の家電製品店を見て回った。どの国に行っても、サムスン電子、LG電子等の韓国メーカーが売り場をほぼ独占しており、日本のエレクトロニクス製品はまったく存在感がなかった。特に、ブラジル、インド、中国などの新興国(BRICs)において顕著であった。また、価格を比較すると、売り場の片隅にひっそりと置かれている日立、東芝、松下、ソニーなどの日本製品に対して、韓国製品の価格は半額だった。

 インドは、泥棒と停電が多い国である。それで、サムスンの冷蔵庫には、盗難防止のカギと、停電対策用にバッテリーがついていた。これで、日本製品の半額。また、インドの国技はクリケットで、インド人はテレビでクリケットを見るのが大好きだが、クリケットの競技時間は5時間以上と長い。それで、時々、別のチャンネルに変えたくなる。でもクリケットのスコアも気になる。そこで、サムスンのテレビには、どのチャンネルにしても、右隅にクリケットのスコアが表示されるようになっていた。ブラウン管テレビの場合、四隅が歪むが、サムスンのブラウン管テレビは、スコアが表示される四隅にピントが合うようになっていた。それで日本製品の半額である。日本企業の営業所に行ってヒアリングしてみたが、「こんな状態で売れるわけがないだろう」と現地駐在員は諦め顔であった。

 世界一周を終えて、日立の幹部がいる前で講演する機会があった。そこで、上記の話を紹介し、「日立はBRICsで売る気がないのですか?」と聞いてみた。すると日立の幹部は、「BRICsでも、是非、売りたい」という。しかし、今の状態では、まったく売れる見込みがない。それで、どういうつもりなのか? 誰がどのように商品企画をしているのか? と聞いてみたところ、「当社は、高品質・高性能な製品を作っている。商品企画は設計者が行っている」という。さらに、どのようにマーケティングしているのかと問うと、なんと、「マーケティング専門の部署はない」という回答だった。これでは売れるはずはない。

 この時から4年が経過した。その後、海外駐在のマーケッターを配置する企業が出てくるなど、日本企業も少しずつ変わってきたことが窺える。しかし、日本人はマーケティングに対する誤認識があるのではないかと感じる。以前、日本人はイノベーションを技術革新と誤認識している、だからイノベーションという言葉が流行るほど日本にイノベーションが起きなくなったという記事を書いた。これと同じように「マーケティング」も日本人が認識しているそれは、例えばサムスンが理解しているマーケティングとは違う概念なのではないか。そのように考える実例を以下に示そう。

 サムスンは、「売れるものを作る」ために、次のようにマーケティングに取り組んでいる。サムスン電子の半導体部門の例では、13400人の社員中、戦略マーケティング部門に800人が所属し、そのうち専任マーケッターが230人もいる(図=ただし、データは5年前のもの)。
 
 
 このマーケッターは、例えば、中国担当のマーケッターならば、まず中国に1〜2年住み、中国語を話せるようになり、中国人と同じ物を食べ、中国人が一体どのような嗜好を持つのかを学ぶ。その上で、中国人用にどんな家電製品を作るか、それ用の半導体が何時までに何個必要かを決定するのである。

 数だけではない。サムスンは、最も優秀な人材を、マーケッターに抜擢すると言う。それは、サムスンが、自社の未来はマーケッターの双肩にかかっていると考えているからである。世界中の国や地域ごとに配置され、世界の動向からその国や地域での市場を予測しつくり出すことが、マーケッターに要求される。このような能力は、その人間が持っているセンスである。教育によって養成することができない。したがって、そのようなセンスを持った人材を、世界中から探し出して、高待遇でスカウトする。実際に、サムスンの幹部には、1年で最低1人、マーケッターを見つけてくる責務があると言う。また、(スカウトする人材の年俸も含めて)それにかける費用は無制限であると聞く。

 つまり、サムスンにおけるマーケティングとは、市場創造なのである。

 一方、日本エレクトロニクスにおいては、マーケッターの人数は1社に数人程度であろう。4年前の日立のようにマーケティング部門がない会社もある。また職務についても、過去の市場統計データを集め、分析している場合が多い。

 日本のマーケティング部門の立ち位置を示す端的な例がある。これは、相模原線の電車に乗り合わせた友人が、たまたま耳にした話である。ある大手半導体メーカーの技術開発部長が、マーケティング部に異動になった時のことである。この元部長は、「あーあ、左遷されちゃったよ。おれもとうとう窓際族か…」と言ったという。マーケティングが社運を握ると考えているサムスンとは、なんという違いであろう。

 また、日本のマーケティングの入門書には、次のような驚くべき文書が掲載されている(林周二著『研究者という職業』東京図書)。

「社会・人文科学分野は、数物・自然科学分野に比べて、優秀な学生が集まる平均的度合いが少ない。また、同じ社会科学においては、経済学より経営学の方が平均的に能力の低い連中が集まってくる。また、経営学領域の中では、純経営学よりも、商学・マーケティング系に集まる者の質が落ちる」

「マーケティング分野は、相対的にレベルの低い連中がくる所だから、マーケティングを志した諸君は、そういう事実を逆手にとって活かせ。諸君はこの分野で努力すれば、競争仲間連の質が他分野ほどに高くはないから、多少頭脳レベルで劣る者でも頭角をあらわすことが他分野よりも容易である」

 つまり、日本企業が認識しているマーケティングとは、市場統計または市場調査のようだ。その上、偏差値教育に端を発する日本の構造的な問題があり、マーケティングとは質の低い者が就く分野と見做され、軽視されている。まったく、サムスンとは何という違いだろう。日本企業は、今一度、マーケティングとは何かを、正しく認識しなおす必要がある。

 マーケティングの本質とは、変化をとらえることであり、それに応じて自身が変化することである。経済は変化する。技術も変化する。市場も変化する。制度も政治も変化する。そして、何より人の心が変化する。このようなことが一度に起きると、誰もが予測することができないパラダイシフトが起きる。このように変化する世の中で生き残るためには、「マーケティングがすべて、すべてがマーケティング」なのである。

 研究も、開発も、製造も、営業も、総務も、経理も、資材も、人事も、関わるすべての組織と社員が、マーケティングの感性を持っていなければ、変化する世の中に対応できない。社員全員がマーケッターにならなければ、生き残ることはできないのである。