電子書籍が売れない国、日本
朝日新聞WEBRONZA 2011年11月3日
先月、米アマゾン・ドット・コムが、日本で電子書籍事業に参入することが明らかになった。年内に日本語の電子書籍サイトを開設し、スマートフォンへの配信を始めるという。また、電子書籍端末「キンドル」も投入する予定のようだ。
果たして、日本で電子書籍が売れるようになるのだろうか? 筆者の答えは、残念ながら「No」である。アマゾンの目論みは、恐らく失敗に終わるだろう。本稿ではその根拠を述べる。
果たして、日本で電子書籍が売れるようになるのだろうか? 筆者の答えは、残念ながら「No」である。アマゾンの目論みは、恐らく失敗に終わるだろう。本稿ではその根拠を述べる。
電子書籍専用端末「リーダー」(ソニー提供)
そもそも、2010年は、「電子書籍元年」と言われた。アマゾンの「キンドル」やアップルの「iPad」が上陸し、「電子書籍」がブームになった(ように感じた)。この波に乗り遅れまいと、出版業界にも、様々な変化が起きた。
大日本印刷とNTTドコモなどが共同出資する「honto」、凸版印刷とインテルが出資する「ブックライブ」」、ソニーによる「リーダーストア」などの電子書籍サイトが立ち上がった。作家の村上龍氏は、自ら電子書籍を制作・販売する新会社G2010を設立し話題になった。
米国では、売上高で電子書籍が紙の書籍を上回った。その結果、書店チェーン2位のボーダーズが経営破綻するなど、電子化の波に乗り遅れた書店が次々と淘汰されている。
アマゾンは、米国における電子書籍事業の成功を見て、日本で「二匹目のドジョウ」を狙ったのだろう。
実は、筆者も1年前までは、日本にも「電子書籍の時代が来る」と思い込んでいた。2009年8月に『日本「半導体」敗戦』を光文社から出版した(もちろん紙で)。その時の編集長だった山田順氏が、光文社を退社し、電子書籍の会社、(株)メディアタブレットを設立した。その際、筆者も一口出資し、役員に名を連ねさせてもらった。山田氏も筆者も、電子書籍で一儲けして、南国(山田氏はハワイ、筆者は沖縄のケラマ)に別荘をつくろうなどと夢を見たのである。
ところが、現実は、思った通りにはならなかった。筆者の紙の本は5万部近く売れた。「半導体」などと堅苦しいタイトルが付いた本としては、珍しい売れ行きだったようだ。
この本を、メディアタブレットで電子書籍化した。そして、約半額の価格で電子書店パピレスに出店した。さて、電子版の『日本「半導体」敗戦』は、1年間で、何部売れたか? 驚くなかれ、たったの「5部」である。紙の本の1万分の一しか売れなかったのだ。
「それは、半導体業界では多少認知されているかもしれないが、一般にはほとんど知名度のない湯之上隆などという人が書いたから売れなかったのだろう」と言われるかもしれない。確かにそういう要素は否定できない。
では、他のもっと知名度の高い作家が書いた電子書籍はどうだったか? メディアタブレットでは、2009年12月に会社を設立して以降、40冊以上の電子書籍を販売した。その中には、一般的によく知られている作家の電子書籍もある。しかし、もっともよく売れたものでも、1000部程度である。ほとんどが10部以下であり、湯之上隆と似たり寄ったりである(中にはゼロ!という潔い結果の本もある)。
これが日本の電子書籍の実態である。では、なぜ、米国と違って、日本では電子書籍が売れないのか? この理由については、山田氏が、自身の体験談を、 『出版大崩壊 電子書籍の罠』(文春新書) に詳述している。
ここでは、筆者なりの意見を述べてみよう。今年、京大原子核工学科修士課程と、東北大学工学部博士課程で、集中講義を行った。その際、学生たちに、「電子書籍を購入したことがあるか」と聞いてみた。京大では30人中ゼロ、東北大では50人中1人だけ購入者がいた。
貴重な1人に「何を買ったか」と聞いたら、「ケータイでコミックス(要するに漫画)をダウンロードした」という回答だった。
次に、「なぜ、電子書籍を買わないのか」と聞いてみた。すると、「インターネットで調べれば、電子書籍の内容と同じものを見つけることができる」、「ネット上の情報に金を払うことに抵抗がある(たとえ1円でも)」、「そもそも、あまり本は読まない」という回答が多数を占めた。
つまり、いまどきの若者は(たぶん若者だけでなく日本人は)、「インターネット上の情報はタダ」と思っている。もっと言うと、日本人は、「情報はタダ(ついでに知恵もタダ)」と思っているのである。
これが、日本では電子書籍が流行らない理由であると考えている。このようなことから、アマゾンのビジネスは、失敗するだろうと思うのだ。