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ガレキ受け入れで分断の危機にある故郷・島田市を救いたい

朝日新聞WEBRONZA 2012年2月22日

 私の故郷である静岡県島田市が、昨年末、岩手県大槌町および山田町のガレキ受け入れを表明した。実際に2月15日、約10トンの木材チップ化したガレキが島田市の焼却施設に運び込まれ、16日から試験焼却が始まった。
 
 これに伴って、島田市は反対派と賛成派が真っ二つに分かれ、あの穏やかだった街が緊迫した空気に包まれている。反対派は9,532筆の著名を集め、15日には市役所で百数十人規模の反対抗議を行った。一方、賛成派も1,122筆の著名を集めて提出する異例の事態となった。たった10万人足らずの島田市であるにも関わらず。
 

試験焼却の中止を求めて市職員(中央左)に詰め寄る反対住民ら=2月15日、島田市役所ロビー


 
 私は15日に、中学の同級生から「ガレキ受け入れ阻止に力を貸してくれないか?」と連絡を受け、初めてこの騒動を知った。急な話に驚きつつも、原子核工学出身の私は、まずは、「放射線とは何か? 放射線に当たると(被ばくすると)何が起きるのか? どこまで安全でどこから危険と言われているか?」を理解してもらうことが先決だと考え、試験焼却が始まった日(16日)に、島田市の友人を訪ねた。

 友人は子供がいるお母さんたち数人を集めて待っていた。「もう島田はダメだ、引っ越したい」というお母さんもいた。また尿からセシウム137が0.1ベクレル/kg検出され、「もう死ぬかもしれない」と泣いている子供がいる話も聞いた。

 私は、数時間に渡って、放射線とは何か? ベクレルおよびシーベルトとは何を意味するか? 飲食物の安全基準値は何ベクレル/kgか? 日常生活中で平均して1年間に2.4ミリシーベルト(毎時に換算すると0.27マイクロシーベルト)被ばくをしておりそこまでは安全圏、しかし1年間100ミリシーベルト(毎時約10マイクロシーベルト)を超えると癌が増加すると確かめられていることなどを、図を使って、お母さんたちが納得できるまで、とことん説明した。
 


 そして、お母さんたちとのやり取りを通して、この騒動の裏には、看過できない要因が潜んでいることを確信した。

 まず、この騒動を煽っている人たちがいる。それはどうやら島田市民ではない。例えば、「首都圏に居住は無理、東京から避難しないなら人間関係を断つ」というような過激なブログを書き続けている元日本テレビ社会部デスクの木下黄太氏などが、デモの人集めを行っている(他にもいるかもしれない)。

 お母さんたちの話を聞くと「被災地の役に立つから最初はガレキ受け入れに賛成だった」という。ところが、ガレキには放射性物質が(微量かもしれないが)付着している、微量でも焼却し続ければ住民は被ばくする、被ばくすると子供に癌が広がるという扇動的な話をあちこちから聞かされているうちに、「ガレキ受け入れ絶対反対」になっていってしまったようだ。

 もう一つの要因は政治不信だ。その根底には次のような深層心理がある。「絶対安全と言っていたのに原発事故が起きたじゃないか」「政府は(SPEEDIのデータを公表しなかったように)国民を騙し続けたじゃないか」「原発対応大臣だった細野豪志の言うことなんか誰が信じるか」…。

 その上、島田市の桜井勝郎市長も、信頼を失っているようだ。「いつも勝手に一人で突っ走り独断専行的だ」「親族が産業廃棄物処理業者をしているから利権が目当てだ」「次期選挙のための売名行為だ」というのが主たる理由である。

 こうして、賛成派と反対派、および反対派と市政の間には、埋めがたい溝ができ、「何が何でも受け入れる」とか、「説明なんか聞きたくない、絶対反対」という感情的な対立に発展していったのだろう。

 1月15日発行の『広報しまだ』には、「いち早く決定して下さって島田市民として誇りに思えました!」という賛成意見がある一方、「もはや、岩手県は日本の敵である、人間のクズである」という過激な反対意見も記載されている。両者の主張は何処まで行っても平行線だ。

 これはどこかで見た構図だ。そう、半世紀にわたって、推進派と反対派がまともな会話一つできなかった原子力の世界とまったく同じではないか。

 その結果どうなったか? 推進派は「原子力ムラ」の中だけで勝手に安全基準をつくり、54基もの原発を建設し続けた。反対派は、ムラの外に追いやられて「絶対反対」を訴え続けた。本来は、両者が同じテーブルに着き、建設的な議論を行って、安全基準をつくるべきだった。しかし、それはまったく実現せず、あの忌まわしい福島原発事故が起きてしまった。

 市町村にとって、ガレキ受け入れは、ミニ「原子力ムラ」問題である。このまま行くと島田市は、真っ二つに分裂する。住民同士の間に諍いが絶えない荒廃した街になるかもしれない。学校では、イジメが横行するかもしれない。

 そうなる前に、まず感情的にお互いを非難するのは止めよう。部外者の挑発に乗らないようにしよう。一人一人が放射線とその影響を正しく理解するように努めよう。島田市もそのために時間を割き尽力して頂きたい。そして、定量的な測定データを基に、建設的な議論をしようではないか。

 島田市は私の故郷である。平穏な島田市を取り戻すために、私も協力は惜しまないつもりだ。