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エルピーダ経営破綻の真相

朝日新聞WEBRONZA 2012年3月2日
 DRAM製造で世界3位のエルピーダメモリが2月28日に倒産した。2月29日の日経新聞の社説に次のような記載がある。
 
 半導体産業、とりわけDRAMの分野は直径30cmのシリコン製円盤(ウエハ)からできるだけ多くの半導体チップを切り取る技術の競争だ。

 
 大いに間違っている。

 実は日経新聞だけでなく、多くの半導体関係者、アナリスト、学者も、同じ誤認識をしている。本稿ではこの社説のどこが間違っているかを示し、その上でエルピーダ経営破綻の真相に言及したい。

 直径30cmのウエハ上には1000個程度のDRAMが形成されるが、その良品の割合を歩留りという。よりたくさんのチップを取得するためには、次の二つの要因が鍵となる。

 まずチップ面積をなるべく小さくすること、次に極力歩留りを上げることである。

 事実、エルピーダをはじめ、多くの半導体メーカーが回路パタンを微細化してチップサイズを縮小させ、歩留り向上のために日夜、プロセスや装置の改善に血道をあげている。

 では、日経新聞の社説のどこが間違っているのか?

 例えば、エルピーダが世界最小のチップサイズのDRAMを設計開発し(最近そういう報道もあった)、その歩留りが100%だったとしよう(実際にサムスンより歩留りが高いという噂もある)。

 しかしこれだけでは不十分であるし、それどころか盲目的にこういった開発や改善をしたからこそ破綻したのである。一体どういうことか?

 エルピーダからサムスンに転職した取締役X氏の話を紹介しよう。2005年、私が同志社大学の教員だった時にインタビューした。X氏の話により、謎は解けるであろう。

 当時、エルピーダの歩留りは98%、サムスンの歩留りは83%であった。その数字を見てアナリスト達は、エルピーダの方が技術力は高いと評価した。

 しかしX氏は、「そのような評価は全く意味がない」と言った。その理由は以下の通りである。

 第1に、(当時最先端の)512M-DRAMのチップ面積は、サムスンが70平方ミリメートル、エルピーダが91平方ミリメートルだった。したがって、30 cmウエハから取得できるチップ数は、歩留り83%のサムスンが約830個、98%のエルピーダは約700個となり、低歩留りのサムソンの方が多数DRAMを取得できる。

 第2に、歩留りを60%から80%に上げるのは比較的簡単だが、80%から98%に上げるためにはそれとは質の異なる多大な(超人的な)努力が必要となる。つまり、人、金、時間など膨大なコストがかかる。サムスンは歩留り80%以上なら十分にビジネスが成り立つので、それ以上の歩留りを追求する必要がないし、やらない。

 第3に、サムスンは、現在量産しているDRAMのシュリンク版について、4世代同時開発を行っている。つまり、現在量産しているものよりさらに小さなDRAMが、すぐ後に控えている。したがって、現在の量産品の歩留り向上にコストをかけず、よりチップサイズ小さなDRAMの量産立ち上げを優先する。

 第4に、サムスンが選定している製造装置のスループット(ウエハ処理の効率)は、エルピーダの約2倍である。つまり、1枚のウエハに回路パタンを形成する時間がエルピーダの半分である。同じ枚数のウエハを処理する場合、エルピーダはサムスンの2倍の製造設備が必要となる。その結果、エルピーダのチップ原価は、概ねサムスンの倍となる。DRAMはチップ原価の半分以上を製造設備が占める。仮にエルピーダのチップ取得数がサムスンより多かったとしても、利益率において、エルピーダはサムスンにまったく敵わない(実際、2005年の営業利益率は、サムスンが約30%、エルピーダが約3%、一桁も違う)。

 このヒアリングから、無闇に歩留りを上げ、チップ面積を小さくし、チップ取得数を増やすことには意味がないということがお分かり頂けただろうか。

 本質的に重要なのは、DRAM1個当たりの原価を下げ、利益を増大させることにある。極論すれば、ウエハ1枚から1個しかDRAMができなくても、それで利益が出てビジネスが成立するならば、それ以上チップ取得数の向上にコストをかける必要はないのである。

 したがって、チップ取得数増大のための技術競争ではなく、1個当たりのチップ利益増大の技術競争なのだ。だから日経新聞の社説は間違いだと言ったのだ。この利益増大のための一手法がチップ取得数の増大ということである。

 なぜエルピーダが経営破たんしたのか? 坂本幸雄社長は、記者会見で、「DRAM価格の下落、リーマン・ショック、歴史的円高、震災やタイの洪水」がその原因だと発言した。アナリストの多くも、これとほぼ同じ意見を述べている。

 違う。これらは単なるトリガーだったに過ぎない。坂本社長就任後、エルピーダが純利益で黒字となったのは4回しかない(図1)。しかも、きちんと利益を上げたと言えるのは2007年のたった1回しかない(残りの3回はゼロに等しい)。
 


 結局、エルピーダが経営破綻した真相は、低収益体質だったことにある。大赤字を計上して撤退を決めたNECと日立がDRAM事業を統合して発足させたエルピーダは、設立以前の体質をそのまま引きずった。歩留りを上げることを最大の目標とし、DRAM原価を下げる技術の追求を怠った。つまり手段と目的を履き違えたことに、経営破綻の本質的原因があると言える。