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クルマ産業は電機の二の舞いにならないか?

朝日新聞WEBRONZA 2012年4月27日
 日本の電機産業は総崩れとなった。半導体大手のエルピーダが経営破綻した。またソニー、シャープ、パナソニックは、3社合計で1兆7全億円に上る損失を計上し、いずれも社長が交代した。では、日本製造業のもう一つの柱であるクルマ産業は大丈夫なのか? 本稿では、電気自動車(EV)化のパラダイムシフトに直面するクルマ産業に対して、電機の二の舞いにならぬよう警鐘を鳴らす。

 日本のクルマ産業は、すり合わせ技術の集積であるガソリンエンジンを中心として現在の地位を築いた。ところがEVは、電池とモーターさえあれば簡単に作ることができる。EVはモジュール化した「電気製品」であり、パソコンやTVと同じ類のものとなる。日本のクルマ産業が築き上げてきたガソリンエンジンの技術はほとんど必要ない。すると、EVの時代が到来したら、トヨタなど完成車メーカーにガソリンエンジンの部品や材料を供給している膨大な数の中小企業がビジネスを失うことになる。

 果たしてEVは普及するのか? 日本のクルマ産業はEV化の波に対応できるのか? 

 現在、研究機関、調査会社、証券会社などは、2020〜25年に、20%程度EVが普及すると予測している。この予測通りになるかどうかはわからない。また予測通りに普及するとしても、EVの時代は10年以上先と楽観している企業も多い。しかし、私は、相当な危機感を持っている。その根拠は以下の通りである。
 
 スタンフォード大学の社会学者エベレット・M・ロジャーズ教授によれば、新製品は、「先駆的なイノベーター(2.5%)」 → 「初期採用者アーリーアダプター(13.5%)」 → 「初期多数派のアーリーマジョリテイ(34%)」 → 「後期多数派のレートマジョリテイ(34%)」 → 「因習派のラガード(16%)」の順に普及する(図1)。
 

(図1)ロジャーズの新製品の普及理論 H2O MAGAZINE-プロダクトデザイナーのデザイン思考ノート-より引用

 
 つまり新製品は、16%を超えると急速に普及するのである。

 仮に予測通り2020年に20%EVが普及したとすると、既にアーリーマジョリテイの段階に突入している。EVの部品や材料のデファクトスタンダードは、ほぼ完全に決まっている。ここからEV化の対策をしてももう手遅れである。すなわち、クルマの部品や材料メーカーが、EVの時代でもクルマ産業でビジネスをしたいなら、今が勝負のときなのだ。「EVはまだ先の話」などと悠長なことを言っている場合ではない。

 一方、EV用のリチウムイオン電池の価格が高く、重く、1回の充電で走れる距離が十分でないことから、2020年どころか2030年になってもEVは10%も普及しないという反対意見も多い。だから日本のクルマ産業は安泰というわけだ。

 本当にそうか?

 京都大学経済学部の塩地洋教授の研究によれば、中国の山東省でとんでもない事態が起きている(『中国自動車産業のボリュームゾーン』昭和堂)。クルマ統計には現れてこない新たなカテゴリーの電動車が相当数、普及しているのだ。それは、最高速度が時速50km程度であることから、低速EVと呼ばれている。

 低速EVは、高級なリチウムイオン電池ではなく鉛蓄電池を使うことから、1回の充電で50〜100kmしか走れない。乗り心地も悪く、安全対策も不十分である。しかし、ナンバープレートなし(届け出なし)、よって税金なし、免許も保険も必要なし、ランニングコストはガソリン車の10分の1。何より価格が10万〜50万円と激安なのだ。

 山東省には低速EVを作る「スモール・ハンドレッド」と呼ばれる企業群があるという。年間数万台の生産能力があり、電気自転車を起点として、二輪 → 三輪 → 四輪、2人乗り → 3人乗り → 4人乗り、二輪車 → 農用車 → 乗用車という流れで、低速EVを製造している(図2)。
 

(図2)中国・山東省の電動車 出所:京大経済学部・塩地洋教授の発表資料より抜粋


 低速EVは、日本クルマ産業が想定しているEVとは、まったく別のクルマである。中国山東省など新興諸国の低所得者層にとっては、初めて手が届くクルマとなる。先進国にとっても、高齢者をはじめとして、「ちょっとそこまでお買いもの」に便利なコンビニエンスカーとなる。

 日本のクルマ関係者に言わせれば、このような低速EVは「クルマとは言えない代物」かもしれない。しかし、クルマ業界に破壊的イノベーションを起こす可能性が高い。日本がガソリン車並みの高性能EVを追求している間に、世界中が低速EVに占拠されていた、という事態が生じかねない。

 かつてテレビは、日本電機産業のお家芸だった。21世紀に入って、ブラウン管から、液晶やプラズマなど薄型テレビに移行した。アナログからデジタルへ、すり合わせからモジュール化へ、パラダイムシフトした。その大津波に、日本電機産業は壊滅させられた。

 クルマ産業にも、これと全く同じパラダイムシフトが押し寄せようとしている。現在の技術やシェアは意味を持たなくなるだろう。その時になって「想定外」という言い訳をしなくても良いように、対策を講じて欲しい。