「書籍出版と半導体チップ製造の類似性」を実感した

朝日新聞WEBRONZA 2012年12月8日
 12月1日に、2冊目の著書『電機・半導体大崩壊の教訓』を日本文芸社より出版した。
 

図1 2冊目の著書『電機・半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)

 
 2012年3月期決算でソニー、シャープ、パナソニックが合計1兆7千億円の赤字を計上し、半導体では2月にエルピーダが倒産、ルネサスも破綻寸前の状態になった。

 そのようなとき(4月)、前著『日本半導体敗戦』(光文社、2009年)の編集をしてもらったジャーナリストで出版プロデューサーでもある山田順氏と日本文芸社から、本の執筆を打診された。

 私は半導体業界誌やウエブ情報誌に連載を書き続けているので、それらの記事をベースにすれば2か月もあればできるだろうと思って、執筆依頼を引き受けた。

 ところが、執筆は困難を極めた。執筆を行っている最中にも、事態が激しく動き続けたからだ。

 倒産したエルピーダを何処が買収するかで揉めた(最終的に米マイクロンが買収した)。ルネサス買収を巡って米投資ファンドKKR(Kohlberg Kravis Roberts)と産業革新機構を中心とした官民連合が綱引きをした(官民連合が買収することになった)。さらにシャープの株価が低迷し経営破綻するかもしれない「シャープ突然死」や、パナソニックが2年続けて7000億円を超える赤字となり大リストラを行うことが報道された。

 これらを追いかけるだけで疲れ果て、本の原稿をちょっと書いては破棄し、書き直し始めたものも破棄するということが続いた。山田氏と日本文芸社から再三催促され、途中もうダメかと思ったが何とか頑張って10月中旬に脱稿した。結局、執筆依頼から半年以上も掛かってしまった。

今回の本の執筆を通じて、本の出版は半導体チップ製造と極めて似ていることを、改めて実感した。図2を用いて両者の類似性を説明しよう。
 
 

 

      • 1)著者が執筆する原稿は、例えば電機メーカーによるデジタル家電の商品企画に相当する。著者は原稿を出版社に送る(私はここで苦労したわけだ)。一方、電機メーカーは企画した商品に必要な半導体チップの仕様書を作成して、半導体メーカーに送る。最近は半導体設計だけを行うファブレスと、チップ製造専門のファンドリーに分業化が進んでいる。出版でいえば、ファブレスは出版社、ファンドリーは印刷会社に相当する。

 

      • 2)原稿を受け取った出版社は本の企画を行い、編集をし、デザイナーがレイアウトをする。一方、仕様書を受け取った半導体メーカーでは、システム設計及びアーキテクチャ設計と呼ばれる基本設計を行い、これを元に論理設計及び回路設計を行ってすべての機能をトランジスタの集積で表現する。さらに、チップ上のどこにトランジスタを配置し、トランジスタ同士をどのように配線するかレイアウトを決める。このデータをマスクデータという。

 

      • 3)印刷会社は、入稿された本のデータを紙に印刷し、製本し、検査して本が出来上がる。一方、半導体メーカーでは、マスクデータをもとに回路の原板マスクを作成し(専門のマスクメーカーに委託する場合が多い)、これを元にシリコンウエハ上に半導体チップを製造する。1枚のウエハ上には千個ぐらいの同一チップが製造される。これを1個ずつ切り出し、パッケージに収め、各種テストを行って、半導体チップが出来上がる。

 

      • 4)できあがった本は、書店に発送され販売される。一方、完成した半導体チップは、当初予定されていた電機製品に組み込まれ商品が完成する。

 
 最後の4)がちょっと異なるかもしれないが、本の出版と半導体チップ製造は、このように驚くほど似ている。
 
 私が改めて類似性を実感したのは次の点である。執筆した原稿を修正することは、原稿が出版社の間に留まっている間は可能である。出版社からゲラが出てきて、修正点を指示すれば良い。しかし、一旦、データが印刷会社に入稿されたら、もう修正はできない。
 
 半導体も同様で、設計工程が終了して、一旦、マスクがつくられてしまったら修正はできない。本の場合、ケアレスミスがあっても「湯之上のアホ!」で済むかもしれないが、半導体のマスクは今や1セット数億円にもなる。マスクができてしまってから、「ごめん、間違えた」は冗談では済まされない。
 
 さらに、マスクにミスがあったままチップが試作され、テストしたが動かないとなったら、最先端品なら設計費用も含めて軽く数十億円〜百億円がすっ飛ぶ。たぶん、誰かのクビも飛ぶだろうし、場合によっては設計会社ファブレスが倒産する。
 
 もう一つ類似点がある。最先端の半導体チップの場合、マスク1セット数億円、設計に数十億円、製造に数百億円(工場を建てたら数千億円)もかかる。したがって、その投資を回収し利益を上げるためには、企画した商品を大量に売らなければならない。
 
 本も同じ。出版した本が売れなければ、出版社は利益を上げられないし、著者に印税は入らない。 ただし、売れなかった場合の損失は半導体チップ製造に比べれば微々たるものであるが。
 
 果たして、私の本は売れるだろうか?