「まともな除染」を目指した私が頓挫した経緯
朝日新聞が1月4日付け朝刊で「手抜き除染、横行」と報じたことがきっかけとなり、環境省は、福島県飯舘村と楢葉町で昨年12月中旬に行われた除染作業で、使用した水を回収しなかったケース2件を確認した。舗装面の洗浄の際に水の一部が側溝に流れ込んだり、住宅のベランダで高圧洗浄機を使う際に水を回収する措置を怠ったという。
道路や建築物の除染には多くの場合、高圧洗浄機が使用されており、汚染水が垂れ流されたケースは上記2件だけではないだろうと想像する。水をぶっかければ、当然セシウムは水と共に飛散する。「これは悲惨だ」などと洒落を言っている場合ではない。万物の霊長であるところの人間サマなら、もっといい知恵があるはずだろう。
知恵を出すべきだと考えた私は、新しい装置の開発、実用化に突き進んだ。しかし、あえなく頓挫した。今回はその事情をお話ししたい。それを知っていただくと、除染の現実が見えてくると思うからだ。
そもそも、除染とは何か?(今更なんですが)。
今問題となっている道路や建築物の除染とは、一言でいえば、「セシウムの移動」である。
もう少し丁寧に言えば、道路や壁に付着しているセシウムをそこから引っぺがし、収集し、人間が被ばくしない場所に移動することである。
この定義にしたがえば、高圧洗浄機で水をぶっかければ「引っぺがす」ことは可能かもしれないが、収集することが困難なことは小学生にだって容易に予測できる。それなのに、なぜそんな方法を取るのか?もっといい方法があるだろう。知恵を絞れ、工夫をせよ、…、と普通は考えるじゃないですか。
私が仲間たちと考えた方法を示そうと思う。その前に、考えただけかと言うと、専門家の知恵を集めて特許を出願し、要素技術を検証し、これで試作機を開発できるというところまで行った。しかしそこで力尽きた。
この世の中で、もっとも洗浄能力の高い技術は何と言っても半導体チップの製造に使われている洗浄技術である。これは高圧洗浄よりもっと強力であると確信している。今や最先端の半導体チップの最小線幅は20nm(ナノメートル)以下になった。20nm以下の深い孔底や溝底に付着している1〜2nmの異物(業界言葉でパーティクル という)を除去しなければチップは動作しない。洗うべき表面は各種メタル、絶縁膜、シリコンと多岐に渡る。その上に得体のしれない微小な異物が付着している。しかも、異物が、物理吸着しているか、電気的に吸着しているか、化学的に結合しているかも分からない。
半導体の製造工程は500以上あるが、その30%以上が異物除去に費やされている。そして、皆さんお使いのスマホやPCが問題なく動作しているということは、その中に入っている半導体チップが正常に機能しているということであり、すなわち上記洗浄が成功していることを物語っている。
だから私たちはまず、除染装置のノズルには、半導体洗浄装置のそれを使うことを考えた。しかし、水をぶっかけるだけでは高圧洗浄と同様、汚染水を飛散させていることに変わりはない。
飛散を防止するには、放出した水をセシウムごと全てバキュームすればよい。このようにすると、汚染水がどんどんたまることになる。この問題を解消するには、回収した汚染水を数段階のフィルターを通してゴミと共にセシウムを除去し、再び洗浄に使えるように循環すればよい。
つまり、要素技術としては、半導体洗浄に使うノズル、バキュームによる汚染水の回収機構、フィルタリングによる汚染水浄化および循環の三つがあり、これらを一つのシステムに組み合あげればよい。フィルターはカセット方式にして、一定量のセシウムが回収されたら地下深く埋めることを想定した。
まず、半導体洗浄装置メーカーのOBおよびフィルタリングを得意とする水処理メーカーの協力を得て、上記システムの特許出願に漕ぎ着けた(出願番号:特願2012- 71069)。次に、半導体洗浄に使うノズルが本当に高圧洗浄より効果的かを実験により示し、その上で試作機開発と製作に協力してもらえる企業を探した。大手には軒並み断られたが、社員10人と小規模ながら特注で半導体洗浄機を手掛けている会社が協力してくれることになった。
2012年夏、実験は南相馬市で行われた。セシウムが付着しているコンクリや石や壊れた家屋の壁などを集め、一般的に除染に使われている高圧洗浄機と上記会社の洗浄ノズルとの比較実験を行った。その結果、上記会社の洗浄ノズルは、予想通り、高圧洗浄機を超えるセシウム除去能力があり、さらにそれに使用する水量は高圧洗浄機の1/10以下で済むことが分かった。
やったぜ、予測通り、じゃあ試作機の開発を、と思ったところで私たちは頓挫した。南相馬市の復興事業協同組合から次のようなことを知らされたからだ。
2012年度、南相馬市には約230億円の除染費用がついたという。ところが南相馬市行政がパンクしており、それを執行する余裕がない。そこで、ゼネコン大手に、全額丸投げしてしまったという。
協同組合の知り合いは、これを「ブーメラン現象」と呼んでいた。霞が関から230億円飛んできたと思ったら、彼らの上空をカーブを描いて通過して、大手ゼネコンにすべて吸収されてしまったからだ。
「もう俺たちには、一銭の予算もなければ、洗浄装置の選定権もない」と、除染の講習まで受けた理事は悔しそうに述べた。
大手ゼネコンに丸投げしているのは、南相馬市に限らない。そして、請け負ったゼネコンは、下請けの下請けのそれまた下請けに除染作業をやらせていると聞いた。その結果が冒頭の汚染水垂れ流しである。私は今やり場のない怒りを感じてこれを書いている。何百億円もかけてこの有様か? と同時に実現に漕ぎ着けられなかった自分を腹立たしく思う。
もし私たちの特許を使って除染装置をつくってくれる企業があれば(個人的には)無償開放していいと思っている。どこかありませんか?