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日の丸半導体企業・エルピーダとルネサスの行方

朝日新聞WEBRONZA 2013年3月8日

 昨年2012年2月26日に経営破綻したエルピーダメモリの更生計画案が、3月中に東京地裁の認可を受ける見通しとなった。エルピーダは、米マイクロン・テクノロジーの完全子会社として再建されることになる。

 一方、ルネサスエレクトロニクスは、政府系ファンド(株)産業革新機構とトヨタ自動車や日産自動車などの官民連合が1500億円を出資し、2月22日に新社長に昇格した鶴丸氏のもとで経営再建を目指すことになった。

 かつて日立の半導体技術者だった私としては、上記2社の行方が大変気になるところである。友人や知人もたくさんいる。また2002年10月に日立を退職しなければ、どちらかの会社の社員であった可能性が高い。だから、どうしてもそういう目線でエルピーダとルネサスを見てしまう。

 ルネサスでは、昨年、5000人の希望退職者を募集したところ約7500人が殺到し、初日で打ち切った。希望退職では給料の36か月分がプレミア分として上積みされることになっているが、予想以上に希望者が多く原資が不足したため、そのプレミア分は1年後の後払いになるという。そのとき、ルネサスが今のまま存続しているとは限らない。もし、革新機構に変わってどこかの外資に買収されたら、この退職金のプレミア分は恐らく支払われないだろう。

 そのまま存続しているとしても、ルネサスはさらに3000人の希望退職者を募集する予定である。その際の退職金のプレミア分は、昨年の1/3の12か月分に減額された。希望退職者の募集はこれ以降もあるかもしれない。しかし、退職金のプレミア分が増額されることはまずないだろう。次第に減額されていって最後はゼロになるかもしれない。

 退職をせずに残った社員もつらい。社員数は約1/4に減少し、今後もさらに減り続けるが、仕事が急に減るわけではない。その結果、残った社員が辞めていった社員の穴埋めをしなければならない。しかし、給料が増えることはほとんど期待できない。

 したがってルネサスの社員にとっては、「辞めるべきか、辞めざるべきか」という悩ましい状態が続くことになる。

 経営破綻したエルピーダはどうか? 自己都合退職した者もいるだろうが、ルネサスのような大規模な希望退職は募集していない。買収することになったマイクロンが、エルピーダの雇用を維持すると言ったためだ。

 エルピーダは経営破綻後もDRAMを製造し続けている。 DRAMとは、コンピュータやスマートフォンなどでワーキングメモリ(一時記録装置)として使われる半導体メモリである。主力の広島工場は、昨年夏以降は米アップルなどスマートフォン用のDRAM受注でフル稼働となっている。

 何だ、経営破綻を免れたルネサスより、破綻したエルピーダの方が、よっぽど状況が良いじゃないか。

 本当にそうか?

 私は、金勘定に敏いアングロサクソン人が、律儀にいつまでもエルピーダの雇用を維持し続けるとは限らないと思っている。

 マイクロン通の知人からは、それを示唆するような話を聞いた。氏によれば、マイクロンはエルピーダにDRAMを製造させようと思って買収したのではない。では何を狙っているかというと、NANDフラッシュメモリ をつくらせたい。マイクロンの収益のほとんどはNANDフラッシュメモリであげているからだ。NANDフラッシュメモリとは、コンピュータやスマートフォンでデータのストレージ(恒久保存)に使用される半導体メモリである。しかし、エルピーダには二つの関門が待ち受けているという。

 第一関門は、エルピーダがマイクロン仕様の製造プロセスでDRAMをつくることができるか否かだ。

 DRAMなんて何処の誰がつくっても同じじゃないかと思っている人も多いと思うが、メーカーによって構造もつくりかたも大きく異なる。特に極限まで工程数を削減したマイクロンと、何処よりも工程数が多いエルピーダの製造方法は、それこそ天と地ほど違うかもしれない。

 もし、エルピーダがマイクロン仕様の製造プロセスでDRAMをつくることができなければ、その時点でエルピーダ広島工場を閉じてしまうかもしれないという。もし、そうなったらエルピーダの技術者たちの雇用は保証されないだろう。

 そして第二関門。第一関門をクリアできたら(マイクロンもそう期待してエルピーダを買収したと考えられるが)、いよいよ、エルピーダにNANDフラッシュメモリをつくらせることになる。しかし、エルピーダはこれまでDRAMしか製造したことが無く、NANDフラッシュメモリを製造する技術を持っていない。マイクロンがその技術を指導することになるが、もしエルピーダがNANDフラッシュを製造することができなかったら、やはり、広島工場を閉めてしまうというのである。

 つまり、知人の説によれば(その信憑性は高いと思うが)、エルピーダが生き残れるか否かは、マイクロン仕様の製造プロセスをものにして、NANDフラッシュメモリをつくることができるかどうかに掛かっていることになる。

 ルネサスだけでなくエルピーダにも試練が続くと思われる。何とか乗り越えてもう一花咲かせて欲しいと思う。