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理系の就職:リトマス試験紙の様に“反応”する学生たち

朝日新聞WEBRONZA 2013年4月30日

 私は4年前まで同志社大学で研究を行い、長岡技術科学大学では学生を指導していた。その経験から、「学生とはリトマス試験紙のようなもの」と感じていた。つまり、多くの学生は、就活をする時期の社会情勢にリトマス試験紙のように“反応”して、調子の悪そうな業界を避け、何となく将来性がありそうな業界を選択し、進路を決める。
 
 「なぜ君はその会社を希望するのか?」と問うと、論理的に説明する学生もいる。しかしそれは、まず皮膚感覚で“反応”してから、後で論理を付け足したように思われる。だから、学生とはリトマス試験紙のようであり、また学生はその時の社会情勢を映し出す鏡のようなものと思っている。
 
 私は、2009年以降、母校の京大原子核工学科修士課程で1年おきに講義を行っているが、特に原子核工学科ではその“反応”が鮮明に現れるように思う。古い話で恐縮だが私が卒業した1987年、東日本大震災直後の2011年、そして今年2013年に、京大原子核工学科の学生たちが示した“反応”を見てみよう。
 
 京大原子核工学科の卒業生の進路としては、歴史的に、電力会社関係が多かった。しかし、1987年卒業の私の同級生で電力会社に就職したのは、私の記憶によれば、たった一人しかいない。86年にチェルノブイリの原発事故があり、それに“反応”したからだと思う。因みに、たった一人東京電力に就職した同級生をテレビでよく見かける。最近の汚染水漏洩に関する苦しい説明をしている。懐かしく思うと同時に複雑な心境になる。
 
 私自身も“反応”した口だ。80年代中旬は日本の電機・半導体産業が絶頂期を迎えた時代だった。私は半導体を希望して日立製作所に入社した。あとから振り返れば、その年が日本半導体のピークだった(図1)。
 

(図1)DRAMの国別シェアの推移と私の人生

 
 その後、日本半導体は坂を転がり落ちるように凋落し、私はその凋落と共に半導体技術者人生を送る羽目になった。そして日本がDRAMから撤退すると同時に、「お前も辞めろ」と早期退職勧告を言い渡された。調子が良い産業界に就職してもハッピーになれるとは限らない典型例である。
 
 それから約四半世紀経った2011年3月11日。東日本大震災が発生し、レベル7の福島原発事故が起きた。その翌月に京大原子核工学科で講義を行った際、30人ほどの修士課程の学生に進路希望を聞いてみた。やはり原発事故に“反応”したせいか、電力会社を希望した学生はたった一人しかいなかった。しかし、このたった一人の学生は東京電力を希望しており、「事故収束に貢献したい」と抱負を述べた。このときは、見上げた根性の若者がいるものだと感心した。
 
 さて今年2013年4月、再び京大原子核工学科で講義を行った。その際、約30人の修士課程の中に2人の女子学生がいたことに、まず驚いた。私は日立に入社後、十数年に渡ってリクルーターを務めていたが、その間に京大原子核に在籍した女子学生はたった一人しかいない(そのたった一人の女子学生は、当時私が所属していた日立の中央研究所に入社した)。
 
 したがって、1学年に2人の女子学生がいるというのは前代未聞の出来事である。この2人の女子学生に就職希望を聞いてみたところ、医療関係の会社に就職したいという。ついでに、約30人全員に一人ずつ進路希望を聞いて回ったところ、何と半分近くが医療関係を希望していることが分かり、さらに驚くことになった(因みに電力会社および電機産業希望者はゼロだった)。
 
 これは一体どういう事態なのか? 確かに、医療関係は今後成長が期待される産業ではある。しかし、原子核工学の学生が大挙してこれに“反応”するのには、かなり違和感がある。
 
 iPS細胞の研究で山中教授がノーベル賞を取ったことが影響しているのだろうか? しかしiPS細胞と原子核工学に関連性があるとは思えない。
 
 前代未聞の2人の女子大生効果だろうか? それもあるかもしれないが、そもそもなぜ、女子学生が2人も原子核工学を専攻し、医療を希望することになったのか?
 
 この問いに対して、私の同級生の准教授は次のような回答をした。数年前まで、原子核工学の修士課程は定員割れしていた。ところが、彼の中性子工学の研究室で、低被曝X線CTの開発など医学との境界分野をテーマの一つに掲げたところ、修士課程の学生が急増した。その結果、定員割れも無くなり、今年は他大学からの編入もあって2人の女子学生が誕生したという。これも一つの“反応”であると言えるだろう。
 
 学生が増えること、中でも女子学生が増えることは、研究のアクティビティ向上にプラスになる。世の中では原子核工学や原子力専攻者が減少していると聞く。この研究室のテーマ設定のように学生の“反応”をうまく利用することは、原子核関係者への一筋の光明になるかもしれない。原発事故収束のための人材確保についても、この例を参考に知恵を絞れば打開策があると考えられる。
 
 理系、とくに大学院修了者の就活は、文系の大卒生の就活とは様相が違う。自由市場というより、理数系能力を求める側と持つ側のお見合いのような形になる。学生がリトマス試験紙のように“反応”することを予め理解したうえで、採用する側が戦略を立てるべきであろう。