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あれ? 可決しちゃうの? その「産業競争力強化法案」

朝日新聞WEBRONZA 2013年12月3日
 国会で「産業競争力強化法案」に審議が始まろうとする11月6日(水)、民主党主催の政策会議で、国会議員や経済産業省の役人たちを相手に、「日本型モノづくりの敗北」と題する講演を行った(WEBRONZA2013年11月13日)

 講演では、ここ数年で大崩壊してしまった半導体や電機産業を例に挙げて、今までと同じことをやっていても産業競争力は向上しないこと、政府や官僚が介入を強化しようとする「産業競争力強化法案」は無力であることを訴えた。そして、国会議員や経産省役人に、ガツンと一発、ゲンコツを食らわせた……はずだったのだが、この法案は11月15日にすんなり衆院を通過してしまった。そして、12月4〜5日には参院も通過して法案が成立する見込みだという。

 はて? どうして?
 

日本維新の会が棄権、民主党などが反対するなか、特定秘密保護法案を可決した衆院本会議 = 11月26日午後8時11分


 そもそも、この法案は、アベノミクスの第3の矢「成長戦略」の根幹をなすものであり、この国会で徹底的に審議されるはずだったのではないか? それなのに、なぜこんなに簡単に衆参を通過してしまうのだろう?

 どうもその原因は、「特定秘密保護法案」があまりにも注目され過ぎてしまったことにあるようだ。この法案では、秘密の範囲が良く分からず、第三者機関の設置や情報公開のルールも明確にされていないのに、衆院で強行採決されてしまった。これが世間の耳目を集めたため、新聞もテレビも、連日この話題を伝え続けてきた。その結果、「特定秘密保護法案」がこの国会の主役となり、日陰者となった「産業競争力強化法案」が誰の注目も浴びることなく衆院を通過したのではないか。

 それでいいのか? 良くないと思うのだが。

 筆者が一番懸念するのは、これまで産業競争力の向上にほとんど効果を発揮していないコンソーシアムや国家プロジェクトがそのまま継続しかねないことだ。

 例えば、半導体関係では、(株)EUVL基盤技術開発センター(通称EIDEC)や産官学の研究拠点つくばイノベーションアリーナ・ナノテクノロジー拠点(通称TIA)がそれに該当する。

 EIDECとは、次世代露光装置EUV(Extreme Utra-Violet)用のマスクおよびレジスト技術の研究開発を行っているコンソーシアムである。2011〜2015年の計画で、122億円の国家プロジェクトが進行中である。

 しかし、約10年前に始まったEUV装置の開発は恐ろしく難しく、ニコンとキヤノンが撤退し、今や装置開発を続けているのはオランダのASML一社のみ。その動向をみると量産装置の投入は早くて2018年、場合によっては永遠に登場しないという専門家も多数いる。そして仮に量産機ができたとしても1台100億円となり、それを導入できるのは米インテル、韓国サムスン電子、台湾TSMCぐらいであり、日本メーカーで購入できるメーカーは無いかもしれない。つまり、実に危うい状態にある国家プロジェクトなのだ。

 一方、TIAでは、ナノエレクトロニクス、パワーエレクトロニクス、N-MEMS(ナノレベルの微小電気機械システム)、カーボンナノチューブ、ナノグリーン、ナノ材料安全評価の6個の研究領域があり、内閣府、経済産業省、文部科学省などの研究予算が投じられ、各種の国家プロジェクトが(絡み合って?)進行している。

 これら全体では、2010〜2014年度の5年間で1000億円以上の研究資金(70-80%は公的資金)、300社以上の連携企業、1000人以上の外部研究者、500人以上のTIA連携大学院学生が関わっている。

 TIAの運営委員会などでは、2010〜2014年度をI期とし、2015年度以降のII期をどうするかが議論されていると聞く。「II期ありき」で議論が進むことに、不毛さを感じる。

 TIAの研究拠点である産業技術総合研究所のスーパークリーンルームは、かつて「あすか」プロジェクトが実施された場所である(TIAは「あすか」の後継版でもある)。「日本半導体産業の復権」を目指した「あすか」では、SOC(System on Chip)の基盤技術の開発が行われた。

 2000〜2005年までのI期では日本半導体は「復権」しなかったため、2006〜2010年のII期へ、「あすか」は延長された。私は、「あすかII」のプレスリリースの1週間前に同志社大学の教員として半導体産業研究所(SIRIJ)に取材に行った。そのときに笑えない笑い話に遭遇している。プレスリリース用につくられた分厚い「あすかII」の起案書を見せてもらうと、あるページが空白だった。それは何と、「あすかIIの目的」のページだった!

 驚いて「目的が書いてありませんが?」と質問すると、SIRIJの責任者は、「そうなんだよ、それが問題なんだ」と言った。つまり、経産省から予算は降りた。しかし、それをどう使うか目的が決まっていないのだ。まったく順序があべこべだった。

 こうして「あすか」は10年続いたが、日本半導体産業はまるで復権せず、日本のSOCは壊滅した。

 TIAの「II期ありき」の議論は、この「あすかII」を髣髴(ほうふつ)させるのである。「産業競争力強化法案」に国プロやコンソーシアムを役に立たせるような仕組みを盛り込み、既存組織の改革を迫らなければ、EIDECもTIAも、そのまま延命を図るだろう。 今のまま何も変わらなければ、産業競争力は向上しない。これは歴史が証明していることである。
 
 日本の将来を考えれば、「特定秘密保護法案」と同じくらい、いやそれ以上に、「産業競争力強化法案」は重要だと思うのだが、もっと真剣に、国会議員の英知を集めて審議してもらえないのだろうか?