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日経新聞の「半導体興亡史」に物申す(上)
日立と東芝の差を生んだ本当の理由

朝日新聞WEBRONZA 2014年1月21日
 日経新聞が、『日曜に考える』というコラムで、「シリーズ検証 半導体興亡史」という連載を始めた。1月5日の第1回目は「巨艦日立 激流に沈む」と題して日立と東芝の半導体になぜ大きな差が生じたのかを論じ、1月12日の第2回目は「盛衰の岐路 続いた誤算」と題してNECの半導体が壊滅した原因を追究している。

 このシリーズがどこまで続くかは知らないが、少なくとも上記二つの記事の主張に大きな違和感を覚えた。はっきり言えば、「その論考は的外れ」と感じた。本稿では、第1回の記事に対する筆者の反論を述べる。

 現在、東芝の半導体は、日経新聞が書いている通り、「四日市工場で世界の半分のフラッシュメモリをつくっている」。つまり、ほとんど壊滅と言える日本半導体の中では、ソニーのイメージセンサと並んで、東芝は今なお世界と対等に戦っている。

 一方、日立の半導体の末裔であるDRAM専業メーカー・エルピーダは、2012年2月に経営破綻して米マイクロンテクノロジーに買収された。また、SOCや車載半導体マイコンを専業とするルネサスは破綻寸前となって、産業革新機構を中心とする官民連合に買収された。なお、SOCとはSystem on Chipの略で、ワンチップ上にプロセッサやメモリなど必要とする機能を集積させた半導体チップのことである。

 なぜこのような差がついたのか?

 日経新聞は、その原因を次のように論じている。重電体質の強い日立では、予測通りいかない半導体は「(売上高など)実績が予算に届かなかったら怒られるし、利益を上げすぎても『見通しが甘い』と批判された」(1999年当時の牧本次生専務)。そのため、半導体出身者の社長や副社長はゼロ、専務も牧本氏一人だけ。その牧本氏も2階級降格され日立を去った。

 これに対して東芝では、歴代会長や社長に半導体を基幹事業にしようという脈々たる思いがあり、常に半導体出身者が副社長か専務のイスを占めている。

 このようなことから日経新聞は、日立では会社の意思決定における半導体部門の影響力が弱く、それ故、「半導体事業に求められるダイナミズムを経営陣がどこまで理解したかが、彼我の格差を生んだ原因だ」と結論している。

 果たしてそうなのか?

 図1に、1982~1999年度までの日立と東芝の半導体売上高の推移を示す。1999年とは、前述の牧本次生氏が日立を去った年であり、日立がNECと合弁でエルピーダを設立した年でもある。
 
 1990年前後に東芝と日立との間には1500億円程度の差があるが、1982~1999年度を通してみれば、両社の売上高は、ほぼ拮抗していると言える。つまり、日経新聞の言うところの「彼我の格差」はほとんど生じていない。
 
 格差が生じるのは、2000年以降である。
 日立は1999年12月にNECと合弁でエルピーダを設立する。また2003年4月に三菱と合弁でルネサステクノロジを設立する。このルネサスは、2010年にはNECエレクトロニクスと統合し、ルネサスエレクトロニクスとなる。ロゴの色をもじって、前者を赤いルネサス、後者を青いルネサスと呼んでいる。つまり、図2に示すように1999年時点で、日立、三菱、NECの3社に分かれていた半導体は、2010年にエルピーダと青いルネサスの二社に統合されたことになる。

 この三社連合と東芝の半導体売上高を比較してみよう(図3)。
 
 東芝は、多少の乱高下はあるものの売上高を増大させていると言える。一方、3社連合の売上高は、激しく乱高下しながら低下している。2000年に約2兆円あった売上高は2012年には約半分の1兆円強にまで落ち込む。
 
 このとき、エルピーダもルネサスも(赤か青かは関係なく)も、経営陣はすべて半導体出身者で占められていた。したがって、日経新聞が主張する「経営者が重電出身だから」という言い訳はもはや通用しない。

 3社連合が売上高を低下させ、東芝との格差を生んだ理由は別にある。それは、日立、三菱、NECが、本体から半導体を切り出して合弁したことに他ならない。

 筆者は2000年2月~2001年3月まで、できたてほやほやのエルピーダに、微細加工グループの課長として出向し、日立とNECの果てしない技術覇権争いを体験した(結果的にNECとの争いに負けてエルピーダを叩きだされた)。ルネサスにおいても、当初は日立と三菱、2010年にはNECが加わって同様の争いが起きたことを、経営学研究ならびに書籍執筆のために積み重ねた多くの取材によって確認した。

 結論を述べよう。日経新聞の言う東芝と日立の「彼我の格差」は、1999年まではほとんど生じていない。2000年以降は、日経新聞が主張する「経営者が重電出身」とは違う要因「分社化と合弁」によって生じたのである。故に日経新聞の論考「巨艦日立 激流に沈む」は的外れであると考える。