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バリ島沖ダイバー遭難事故を検証する

朝日新聞WEBRONZA 2014年3月6日
 インドネシアのバリ島沖で、2月14日、日本人の女性ダイバー7人が遭難した。7人のうち2人は地元のダイビングショップ「イエロースクーバ」のインストラクターである。5人が生還したものの、1人死亡、1人行方不明という大きな事故になった。私は25年以上、インストラクターとしてダイビングに関わってきた。このような事故が起きてしまったのは大変残念としか言いようがない。私は直接の当事者ではもちろんないが、事故を防ぐことはできなかったかという視点から、公開情報などを基に、この遭難事故を検証してみたい。

 簡単に事故の状況を振り返っておく。遭難から28時間漂流した後、7人のうちインストラクター1人を含む5人は、ダイビングスポットから約20km離れたペニダ島南岸で発見され、17日に救助された。残り2人のダイバーのうち、1人はバリ島沖にて遺体で発見され、もう一人のインストラクターは、その後の捜索にもかかわらず、未だ見つかっていない。また、地元警察は21日、ダイバーを死亡させた業務上過失の容疑により、ダイビングボートの船長を逮捕した。

 まず、ダイビングには、海に入って出てくる(エントリー・エクジット)方法に、大きく分けて3通りあることを説明したい。

 一つは、陸から海へエントリーし、海中を移動した後、陸へ戻ってくる方法(図1)。
 
 
 この時、エントリーした地点と同じところに戻ってくることが重要である。したがって、インストラクターなどのガイドは、コンパスと地形を頼りにナビゲーションを行い、皆を元の場所に安全に連れ戻す責務を負う。

 二つ目は、ボートで目的とするポイントに移動し、海底の岩などにアンカーを掛けてボートを固定し、そのボートから海へエントリーする方法(図2)だ。
 
 
 この時も方法1と同様に、ボートからエントリーして、海中を移動し、再びボートに戻ってこなくてはならない。インストラクターがコンパスや地形を頼りにナビゲーションを行うことは、方法1と同様である。

 一つ目と二つ目の方法は、出発点が陸であるかボートであるかの違いがあるが、海に入った地点に戻ってきて上がるという点は同じである。つまり、両者の違いは出発点が違うだけであり、ナビゲーションで元に戻るというスタイルは同じである。

 ドリフトダイビングと呼ばれる三つ目の方法は、上記二つとは大きく性格が異なる。

 ダイバーがエントリーした地点とは全く異なる所で、海からエクジットするからである。これは、特に潮流が速い所で行うダイビングの方法として使われる(図3)。
 ドリフトダイビングでは、ボートから海へエントリーする点は二つ目の方法と同じだが、ボートはアンカーで固定しない。海に潜ったダイバーは潮流に乗ってドリフトしながら、というより流されながらダイビングを行う。潮流が速い場合、フィンキックではまるで流れに逆らえない。海底の地形を見ながら流されるため、まるで空を飛んでいるような気分になる(それが楽しいわけだが)。

 この時、ボートはひたすらダイバーの泡を追いかけている。ダイビング終了時にダイバーは海面に浮上し、それをボートがピックアップする。つまり、3つ目の方法は、目には見えない潮流に完全に依存したダイビングであり、“ぶっ飛んでいく”楽しさがある反面、危険性も高いと言える。

 今回の漂流事故は、このドリフトダイビングで起きてしまった。なぜ、漂流事故に至ったのだろうか?

 助かったインストラクターは、文書で、「ダイビング開始時(14日昼過ぎ)、メンバー全員の体調、天候と海況ともに問題ありませんでした。波はほぼなく、流れもサケナンポイントとしては平均的な穏やかな流れのドリフトダイブ。天気も穏やかでした」と回答している。

 ところが、国内でダイビングショップを開き海外事情にも詳しい知り合いのオーナー によれば、この日は天候が悪くなる気配があったため、多くのショップがダイビングを中止しており、ダイビングボートを出したのは、イエロースクーバだけだったのではないかという。もし、これが事実なら、イエロースクーバの天気や海況の認識が甘かったと言わざるを得ない。

 また別の助かった4人は、「ダイビング自体は激流で、潜水時間は40分程度をめどに上がるはずだったが、流れがはやく予定より早く水面に上がった(潜水時間は31分)。スコールがあったことについては海中から見えていた(暗くなっていた)。上がったときにはスコールは降っていなかった」と回答している。

 一方、逮捕された船長は、「ダイビング中に激しい降雨があり、海中のダイバーを見失った」と回答している。

 事故が起きた直接の原因がここにある。ダイビングを始めてスコールがやってきた。それによってボートの船長はダイバーの泡を見失ったわけである。この時、ダイバーおよび船長はどうするべきだったのか?

 実は、ドリフトダイビングで最も重要なことは、常にボートとダイバーがコミュニケーションを取り合うことである。ダイビング終了時には、必ず、ダイバーとボートがランデブーしなければならないため、お互いを見失わないように、予めルールを決めておくのが常套手段である。

 例えば、ボートがダイバーの泡を見失ったら、エンジンを吹かすなり、金属の棒を水中で叩くなり(水中では音はよく聞こえる)して、何らかの信号をダイバーに伝えなくてはならない。今回のケースでは、そのような措置がなされたかどうかは不明である。

 またダイバー側も潜水中に海上のボートの気配を見失ったら(ボートが追ってきているかどうかはエンジン音などでわかると思うのだが)、その時点で緊急フロートを立てたり、場合によってはダイビングを中止して全員で浮上することも考えなくてはならない。

 緊急フロートとは、空気を入れて膨らませる2~3mの蛍光色をした細長い「浮き」で、これを海面に立てることにより、船から発見しやすくなる(図4)。
 今回のケースでは、海中からスコールが見えていたわけだから、「ボートからダイバーの泡が見にくくなるかもしれない」と考えて、その対策を立てるべきだったのではないか。または、もしインストラクターが海上のボートの気配を見失っていたとしたら(船側がダイバーの泡を見失っていたわけだからその可能性は高いと思うが)、その時点でダイビングを中止して全員浮上していれば大事に至らなかったかもしれない。

 いずれにせよ、今回の遭難事故の原因として、第一に天候や海況に対する甘い認識、第二にドリフトダイビング時におけるインストラクターとボートの船長とのコミュニケーションに問題があったと考えている。

 今後このような事故を起こさないためにも、関係者には改めて注意を喚起したい。私自身も気をつけようと思う。そして、ダイビングが安全で楽しい遊びであり続けて欲しいと願う。