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ちょっとした変更で日本企業は生まれ変わる
イノベーションを起こすために必要なのは上流段階での市場調査

朝日新聞WEBRONZA 2015年1月20日

イノベーションに足りない “ 何か "

 
 青色LEDでノーベル物理学賞を受賞した米カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授の中村修二氏は、授賞式前の共同会見で、日本人の良さとして、「勤勉で実直」「高品質な製品を作れること」と述べた(日経新聞2014年12月7日)。 
 
 まったく同感であるが、イノベーションを起こすためには何かが足りない。その“何か”について中村教授は、「誰もやったことがない挑戦を怖がらないこと」、すなわち「ベンチャーを起こすこと」を強く主張している。
 
 それにも同感であるが、企業に在籍する多くの研究者や技術者が中村氏のようになれるわけではない。中村氏には、人並み外れた強靭な精神力と行動力があって、それが青色LEDのイノベーションの原動力となり、ノーベル賞という快挙に結びついた。誰もが真似できることではない。
 
 では、勤勉実直で高品質な製品をつくることができる、ごく標準的な日本人研究者や技術者が、イノベーションを起こすためにはどうしたら良いのだろうか? 筆者は、研究開発の進め方について、ちょっとした変更をするだけで、イノベーションを起こす確率が格段に高まると考えている。
 
 結論を先取りすれば、その答えは「製品開発の上流段階で市場調査やマーケティングを行う」ことであり、そのために、「マーケティング専門部署をつくる」ことである。
 
 なお、ここでいうイノベーションとは、何度指摘しても新聞社が改めない「技術革新」などではなく、青色LEDのように「爆発的に普及した新技術や新製品」のことを意味する。
 
 

研究開発には力を入れている日本

 
 新技術や新製品を開発するには、研究開発が欠かせない。その研究開発費について、日本は過去10年間で、毎年17~19兆円を投じている(総務省「科学技術研究調査」)。


 この研究費がどの程度のものかを評価するために、2010年ごろのデータで国際比較してみた(図1)。

 日本の研究費の総額は1626億ドルで、米国(4016億ドル)、中国(1790億ドル)に次いで3番目に大きい。この3か国と4位以下には大きな差がある。
 
 また研究費の対GDP比率では、日本は3.67%で、韓国(3.74%)についで世界2位となっている。対GDP比率が3%を超えているのは、この2か国しかない。
 
 研究費総額で世界3位、対GDP比率で世界2位、そしてこの研究費の約7割を企業が負担している。したがって、日本企業は相当に研究開発に力を入れている。
 
 しかし問題は、「頑張って研究開発を行っているにもかかわらず、その成果がなかなかイノベーションに結びつかない」ことにある。
 
 これについては、経済産業省も問題視しており、原因を探るための調査を行っている。その中で、研究開発費が大きい日本企業1009社に対して行ったアンケート『平成18年度産業技術調査「企業の研究開発関連の実態調査事業」』に興味深い結果がある。そこから、日本企業がイノベーションを起こすためのヒントが読み取れる。
 
 

マーケティングの順序がおかしい



 「製品開発の各段階で、市場分析やマーケティングをどの程度やっているでしょうか」という設問に対する答えを見てみよう(図2)。

 「製品開発の各段階」とは、上流から、シーズ技術の基礎研究段階、新製品のアイデア出し段階、プロトタイプの製作段階、事業化・製品化の判断時の4段階である。
 
 上記各段階で、詳細に市場調査やマーケティングを行っている企業は、上流から順に、10.6%、20.4%、40.4%、66.7%となっている。
 
 逆に言えば、シーズ技術の基礎研究段階では約9割が、新製品のアイデア出し段階では約8割が、プロトタイプの製作段階では約6割が、事業化・製品化の判断時には約1/3が、あまり市場調査やマーケティングを行っていないということになる。
 
 日本企業は、製品開発の下流に行くほど市場調査やマーケティングを詳細に行う傾向があるが、これは順序が逆である。製品開発の上流でこそ、詳細な市場調査とマーケティングを行うべきである。逆に言えば、市場調査やマーケティングなしに、一体どうやって基礎研究のテーマを決め、アイデア出しをし、プロトタイプを製作するのだろうか? 「えいやっ」とヤマ勘でやっていることになるのではないか?
 
 そして、最終の事業化・製品化の判断時には、既に製品の詳細仕様は決定しているわけであり、この段階で詳細に市場調査やマーケティングを行って、「あっ、しまった、この製品はつくっても売れそうにない」ということが分かったら、今までのすべての努力はすべて水泡に帰することになる。
 
 実際に、「事業化されなかった研究開発成果の取り扱いは?」という設問があり、驚くべきことに、企業全体の61.4%が「そのまま中断して何も残らないことが多い」と回答しているのである。
 
 

何がイノベーション創出を阻害しているか



 市場調査やマーケティングの順序がおかしいということは、「何がイノベーション創出を阻害しているのか?」というアンケート結果からも読み取れる(図3)。

 イノベーション創出を阻害しているのは、上層部や事業部の無理解でもなく、リスクへの危惧でもなく、資金不足でもなく、既存事業が足を引っ張ることでもない。
 
 最大の阻害要因は、「研究開発者の市場ニーズ把握不足」、「市場トレンド・ユーザーニーズの変化」、「競合他社に比べた優位性の無さ(収益性の低さ)」にある。この3つのうち最初の2つはほとんど同じ内容で、製品開発の上流段階で、詳細な市場調査やマーケティングを行っていないことに原因があると言える。
 
 それでは、なぜ、企業は適切なタイミングでマーケティングが行えないのだろうか?
 
 

マーケティング専門部署をつくるべき



 「どの部署が市場調査やマーケティングを行っているか?」という設問がある(図4)。

 マーケティング専門部署と答えた企業は、「その他」の中に埋もれている。恐らく数%程度しかないと思われる。
 
 ではどこが市場調査やマーケティングを行っているかというと、研究開発部門(15%)、企画部門(21%)、事業部門(23%)、営業部門(24%)とバラバラの答えである。つまり、ほとんどの日本企業にマーケティングを専門に行う部署はなく、本業が別にあって(例えば営業などが)兼務または片手間で、市場調査やマーケティングを行っているのが現状である。
 
 結局、日本企業は以下の悪循環に陥っていると考えられる。マーケティング専門部署が無い → 適切なタイミングで詳細なマーケティングができない → 世界市場のニーズを把握できない → ピント外れな製品開発をしてしまう → イノベーションが創出されない。
 
 この悪循環を断ち切るには、まずはマーケティング専門部署をつくることである。その上で、適切なタイミングで、つまり、製品開発のより上流段階で、市場調査やマーケティングを行うべきである。この変革は、各企業がすぐに実行できることであろう。