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日経エレクトロニクスにミスリードされるな
ムーアの法則は終焉を迎えてなどいない

朝日新聞WEBRONZA 2015年5月1日
 日本の半導体メーカーは、自分の頭で考えて判断せずに、雑誌や新聞の情報を鵜呑みにして経営している気配がある。そのように考えるエピソードを以下に示す。
 
 

雑誌を見て経営している日本半導体メーカー


 2000年を境に、エルピーダ1社を残して日本半導体メーカーは半導体メモリDRAMから撤退し、デジタル家電などに使う半導体のシステムLSIに一斉に舵を切った。しかし、システムLSIで成功した日本半導体メーカーは一社もない。失敗の代表例が、経営破綻寸前となって産業革新機構等に買収されたルネサス エレクトロニクス である。

 そのルネサスの幹部が、「日経マイクロデバイスなどの雑誌が、日本はDRAMをやめてシステムLSIをやるべきだという記事を書きまくった。それが日本をミスリードしたのだ」と目に涙さえ浮かべて訴えたことがある。

 この発言に私は非常に驚いた。日本がDRAMから撤退してシステムLSIを選択したのは雑誌のせいであり、そのシステムLSIが失敗した責任を雑誌のせいにしようとしていたからだ。

 因みに、日経マイクロデバイスは半導体専門誌で、2010年1月号を最後に休刊となり、半導体の記事はその後、日経エレクトロニクスに掲載されることになった。

 その日経エレクトロニクスが2015年4月号で、またぞろ日本の半導体メーカーをミスリードしそうな記事を書いてくれた。記事のタイトルは「さらばムーアの法則」。私としては看過することができないので、本記事の間違いを指摘し、正しい内容を示したい。
 
 

「さらばムーアの法則」の根拠とは


 ムーアの法則とは、1965年に米インテルの創業者の一人、ゴードン・ムーアが提唱した「半導体のトランジスタの集積度は2年で2倍になる」という法則である。

 集積度を2倍にする際、トランジスタなどの素子の寸法が変わらなければ、半導体チップが巨大化していく。そうならないように、集積度の向上とともに、トランジスタの寸法を微細化する。つまり、実質的にムーアの法則を牽引しているのは、微細化なのである。

 その「微細化に急ブレーキがかかり、その結果、ムーアの法則が終焉を迎えつつある」というのが、日経エレクトロニクスの記事の内容である。その根拠となっているのは、図1に示す各種半導体の微細化のトレンドグラフである。図の縦軸は最先端の半導体の微細加工寸法(技術世代という)、横軸はその半導体が量産開始された年である。
 
 
 記事では、「半導体の微細化のペースは、技術世代が32nm を迎えた2009年頃から鈍化している」と主張している。確かに、図を一見すると、パソコンなどに使われるプロセッサ(MPU)、NANDフラッシュメモリ、DRAM、LSI(たぶんスマホのプロセッサ)のいずれをとっても、微細化が2009年頃を境にスローダウンしているようにみえる。

 しかし、この図は書き方が間違っている。そのことを、インテル(すなわちMPU)の微細化のトレンドを用いて説明しよう。
 
 

インテルの微細化


 インテルは、1997年以降、ほぼ2年おきにきっちりと微細化を刻んで来ている(図2上の表)。この微細化は、次のような意味を持っている。1997年および1999年の技術世代は250nmおよび180nmである。この180nmは次のようにして算出される。

180≒√(250×250/2)     式(1)

 つまり、ある世代から次の世代に移行する際、技術世代の2乗が半分になるように、次の技術世代が設定される。大雑把にいえば、トランジスタの面積が半分になるように、その技術世代が微細化されると言うことである。

 さて、このように微細化を推進してきたインテルの技術世代の年次推移を、グラフに書いてみよう(図2)。青丸は左の縦軸(リニア軸)、赤丸は右の縦軸(対数軸)に従ってプロットしてある。
 
 リニアの縦軸でプロットした青丸は、年々、微細化のペースが鈍化しているように見える。特に2010年以降は、微細化が止まりそうな気配となる。

 ところが、対数軸でプロットした赤丸は、一貫してほぼ同じペースで微細化が続いていると読み取れる。このまま行けば、2015年以降も、順調に微細化が継続すると予測できる。実際、次世代の10nmはもちろん、次々世代の7nm、そのまた次の5nmの開発も着々と進んでいることが漏れ聞こえてくる。

 インテルの微細化推移について、同じ値をプロットしたにも関わらず、縦軸がリニアの場合は微細化が終焉を迎えたように見え、縦軸が対数軸の場合は微細化が今後も続くように見えるわけだ。

 どちらのグラフが正しいことを表現しているのか? 技術世代は式(1)で算出される。この計算式に基づく限り、技術世代間の差は次第に小さくなっていく。したがって、リニアの縦軸を使うと、微細化が進むにつれて、前世代との差が小さくなることから、自然と「微細化が終焉する」結論が導かれてしまうのである。
 
 

日経エレクトロニクスにミスリードされるな!

 
 ここで再び、日経エレクトロニクスが作成した図1を見てみよう。
 この図の縦軸はリニアである。これが、日経エレクトロニクスが犯した間違いである。インテルのケースで示した通り、微細化のトレンドグラフは、リニア軸ではなく、対数軸で書かねばならなかったのだ。

 実際に、日経エレクトロニクスがリニアの縦軸で書いたグラフ(図1)を、対数軸に変換してみよう(図3)。
 32nmで急ブレーキがかかったように見えたリニア軸の図1と比べると、対数軸の図3はまるで印象が異なることがおわかり頂けるだろうか。

 ただし、唯一、DRAMは日経エレクトロニクスが主張した通り、2009年ごろを境に微細化がスローダウンしている。しかし、微細化の最先端に関っている関係者によれば、DRAMは再び微細化が加速し、NANDフラッシュに追いつき追い越す可能性があると言う。

 結局、図3を基にすれば、半導体の微細化が止まる兆候はなく、したがって「ムーアの法則が終焉を迎えつつある」ということもない。日本の半導体業界関係者が、人騒がせな日経エレクトロニクスの記事にミスリードされないように願いたい。