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日本の半導体回復のカギは大学にある
大学の論文数と出荷高の関連から考える

朝日新聞WEBRONZA 2015年5月21日

半導体の三大重要学会の一つ、VLSIシンポジウム

 
 VLSIシンポジウムは、半導体の三大重要学会の一つである。あと2つは半導体のオリンピックと呼ばれるISSCC(International Solid-State Circuits Conference)と、半導体デバイスの国際学会IEDM(International Electron Devices Meeting)で、どの学会も論文採択率が20〜40%と狭き門であり、そのため非常に高いクオリテイが維持されている。

 毎年6月に京都とハワイで交互に開催されるVLSIシンポジウムに注目し、国別の論文数を分析した。このシンポジウムはシステム・回路設計技術に関するCircuits分野と、デバイス・プロセス技術に関するTechnology分野の2つに分かれ、それぞれの分野で採択された50〜100件程度の論文が発表される。

 今回、1981〜2014年のTechnology分野と、1987〜2014年のCircuits分野、それぞれについて、国別の論文数をカウントし、そのシェアを算出した。その際、著者が複数の場合は、筆頭著者の国籍をカウントした。その結果、Circuits論文シェアと半導体出荷高シェアとの間に相関関係がありそうだということが分かった。
 
 

TechnologyおよびCircuits論文シェアの状況

 
 Technology分野では、1995年まで日本が50%以上の圧倒的なシェアを占めていた(図1)。ところが、1995年以降、日本のシェアは急激に低下し、直近の2014年には25%まで落ち込む。それでも、米国と1位争いをしており、ここ5年は25%付近に踏み留まっている。
 
 その他では、欧州と韓国が次第にシェアを増大している。また、韓国は2003年に瞬間的に米国を抜いて2位になったが、その後シェアは低下した。

 Circuits分野では、1995年までは、やはり日本が50%以上の圧倒的なシェアを占めていた(図2)。ところが、Technology分野と同様に、1995年以降、日本のCircuits論文シェアは急激に低下する。こちらのシェア低下は止まらず、2014年には16%にまで落ち込み、次第にシェアを増大させてきた台湾にまで抜かれそうである。
 
 2000年前後に日本に代わってトップに立った米国は、その後順調にシェアを拡大し、かつての日本のように圧倒的な1位の座を手に入れている。
 
 

半導体シェアと論文シェアの相関関係

 
 図3に、半導体出荷高の地域別シェアの推移を示す。1980年代中旬に、世界シェア50%を超えていた日本は、その後シェアを低下させ、2009年に韓国や台湾などのアジアに抜かれ、2014年には11.2%にまで落ち込んでいる。このまま低下が続くと、欧州にも抜かれるかもしれない。
 
 ここで、日本、米国、アジア、欧州について、半導体出荷高シェアと、VLSIシンポジウムの二つの論文数シェアを同一グラフ上に書いてみた(図4)。一見して、どのグラフでも3つの線はおおむね似た傾向で動いていることがわかるだろう。
 
 
 
 図4-1の日本と、図4-3のアジアは、3つの線の動きがよく一致している。

 図4-2の米国では、Technology論文シェアは乱高下しながら2000年以降は低下している。一方、Circuits論文シェアは1996年以降、増加している。半導体シェアとCircuits論文シェアの傾向が似ているように見える。

 図4-4の欧州では、1984年以降半導体シェアは10%前後を推移する。Technology論文シェアは乱高下しながらも増加している。一方、Circuits論文シェアも乱高下しているが、その平均値は増えも減りもしていない。したがって、Circuits論文シェアの方が半導体シェアと傾向が似ていると言えなくもない。

 以上の分析から、各地域の半導体シェアは、Circuits論文シェアと相関関係があるといえそうである。ビジネスの結果である半導体シェアと、研究開発の成果(しかもシステムや回路の論文シェア)との間に相関があるのは、不思議である。この理由を考えるために、今度は大学の論文発表比率を調べてみた。
 
 

各国の大学発表比率


 Circuits論文について、企業、大学、コンソーシアムがどのくらい発表しているかの比率を、2000年前と2001年後に分けて国別に調べた。
 
 大学からの発表比率は、1987〜2000年までは、日本6%、米国41%、韓国36%、台湾73%、欧州57%となっている(図5-1)。日本の発表が企業に偏っていることが分かる。2001〜2014年まででは、日本32%、米国55%、韓国56%、台湾75%、欧州45%となっている(図5-2)。日本の大学の発表比率は増えてはいるが、諸外国に比べると最も低い。

 Technology論文についても同様に調べた(図6)。
 
 すると、すべての国で、Technology論文の大学発表比率の方が低かった(ただし、1981-2000年の台湾のケースを除く)。これは、デバイス・プロセスの研究開発には、各種の半導体製造装置が不可欠であり、システム・回路設計とは桁違いの費用が必要であるため、大学が取り組むことが難しいからであると考えられる。
 
 

半導体シェアを増大させるメカニズムとは


 ここまでの結果をまとめると、次のようになる。
 
  1. 各地域の半導体シェアとCircuits論文シェアの間には相関関係がありそうである。
  2. Circuits論文では大学からの発表比率が高い(各国の中で日本はその比率が最低)。
  3. Technology論文では、Circuits論文ほど、大学からの発表比率は高くない。
 
 さて、以上の結果から、どのようなことが推論できるだろうか?

 企業やコンソーシアムに比べると研究資金が少ない大学では、金のかかるデバイス・プロセスの研究よりも、システム・回路設計の研究の方が取り組みやすい。Circuits論文で大学からの発表比率が高いのは、このような理由による。

 その大学では、研究を行ってCircuits論文などを発表すると同時に教育も行い、半導体の研究者や技術者を育成する。つまり、大学には研究と教育の機能があり、論文がたくさん発表するということは、多数の研究者や技術者が輩出するということにつながるだろう。

 すると、大学にシステム・回路設計の研究室が多い → Circuits論文がたくさん発表される → 同時に半導体の研究者や技術者も多数輩出される → 彼ら彼女らが半導体メーカーに就職する → 半導体メーカーのシェアが増大する、というメカニズムが考えられる。

 このようなスパイラルによって、半導体シェアを増大させているのが米国とアジアである。一方、日本は、マイナスのスパイラルによって半導体シェアを減少させ続けていると思われる。

 この問題を根本から解決するためには、半導体の人材育成にメスを入れる必要がある。つまり、大学における教育の充実と人材の育成を、国家政策レベルで改革する必要がある。時間はかかろうとも、これしか解はないのではないか。