シャープがここまで深刻な経営危機に陥ったわけ
転落の兆しは2004年から見えていた
朝日新聞WEBRONZA 2015年6月11日
敢えて中小企業になろうとしたシャープ
シャープが2014年度の決算で2223億円の赤字を計上し、経営破綻の危機に陥っている。この危機に対し高橋興三社長は、資本金1218億円を5億円に減資して損失の穴埋めに充て、国内で3500人規模の希望退職を募集し、従業員の給与をカットし、大阪本社の土地と建物を売却する再建策を発表した。
資本金については当初、1億円へ減資すると発表した。資本金1億円になると、法人税法上、中小企業として扱われ、外形標準課税を免れるなどの優遇措置があるからだという。
この奇策に、宮沢洋一経済産業相が「違和感がある」と不快感をあらわにした結果、シャープは1億円への減資は断念し、5億円に計画変更した。
売上高3兆円、社員5万人の企業が、敢えて中小企業になろうとしたわけだが、そこまで追い詰められたのかと驚くと同時に、あまりの奇策に呆れかえったというのが正直なところだ。
シャープ転落の直接的要因
なぜ、シャープはここまで転落したのか? 直接的な要因としては、中国のスマホトップメーカー・シャオミへの液晶パネルビジネスを、ジャパンディスプレイに奪われたことにある。
ジャパンディスプレイは、いわば「日の丸ディスプレイ」とも言うべき会社である。政府系ファンドの産業革新機構が主導して、ソニー、東芝、日立の3社のディスプレイ部門を統合し、2012年4月1日に設立された。
当初はシャープにも参加の打診があったが、シャープはこれを拒否した。恐らく、自社の技術に相当の自信(過信かもしれない)があったことと、政府の意向が関与することを嫌ったからではないかと思われる。そのジャパンディスプレイにビジネスを奪われて窮地に陥るとは皮肉なことである。
しかし、危機はある時突然やってくるものではない。 私は、10年以上前からシャープ転落の予兆を感じていた。以下では、その詳細を論じたい。
シャープ転落の予兆その1
最初は、2004年に遡る。日立製作所から同志社大学に転職し、社会科学研究者としてシャープを訪問し、技術開発の総責任者にインタビューした時に最初の予兆を感じた。
まず、「半導体メモリDRAMは、韓国勢に追い抜かれ、日本はエルピーダ1社を残して撤退しました。シャープの液晶テレビは大丈夫ですか?」と聞くと、「液晶テレビでは、技術力、コスト競争力ともに日本が圧倒的だ。DRAMとはまったく事情が違う」と自信満々の答えが返ってきた。
ところが次に「営業利益率をみてみると、サムスン電子は常に約30%なのに、なぜ、シャープは3%しかないんですか?」と聞いてみると、開発責任者は「そうなんだ、営業利益率がなぜ10倍も違うのか、自分にもよくわからないんだ」と言った(図1)。これには驚いてひっくり返りそうになった。
イノベーションのジレンマを髣髴とさせる
営業利益率がサムスン電子の1/10しかない。しかも、その理由が分からない。ということは、利益率を向上させるために、どのような対策をしたらいいかもわからないということだ。その証拠として、2004年以降、シャープの営業利益が向上したことは1度もない。
この話は、日本のDRAMビジネスを髣髴とさせる。日本のDRAMメーカーは、メインフレーム用に25年保証の高品質DRAMを生産したことにより、1980年代中ばにはDRAMの世界シェア80%を占めるに至った。そのような時、コンピューター業界に、メインフレームからPCへとパラダイムシフトが起きた。サムスンなど韓国メーカーは、(25年保証など高品質は必要ない)PC用DRAMを安価に大量生産した。ところが、日本は相変わらずメインフレーム用の高品質DRAMを作り続けてしまった(日本のDRAMメーカーは高品質故に高コストということが分かっていた。高コストの理由が分からないシャープよりましかもしれない)。
その結果、日本は、韓国勢の安く大量生産する「破壊的技術」に駆逐された。この現象はまさに、ハーバード大学ビジネススクール教授クリステンセン氏がいう所の「イノベーションのジレンマ」に他ならない。このインタビューを通じて、「技術は高いが利益率は低い」というシャープが、いつ日本のDRAMのようになってもおかしくないと思ったことを記憶している。
シャープ転落の予兆その2
次に予兆を感じたのは、2007年の夏だった。予兆というよりも、「シャープを含めた日本電機メーカーの転落を確信した」という方がふさわしい。
私は、2か月かけて世界一周をした。そして、経済発展を遂げつつあったBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)をはじめとする新興諸国の電機製品売り場を見て回った。すると、そこはサムスン電子、LG電子等の韓国製品に独占されていたのである。シャープなど日本製品は隅の方におかれて埃をかぶっていた。
例えば、インドでは、サムスン電子のテレビの右隅には、どのチャンネルにしてもクリケットのスコアが表示されるようになっていた。クリケットはインドの国技であり、インド人はテレビでクリケットを見るのが大好きである。ところが、競技時間が6〜8時間と長い。それで、ちょっと隣のチャンネルを見てみたい。だけどクリケットのスコアも気になる…、というインド人の要望に応えたのがサムスンのテレビだ。これで値段は日本製の半額である。
このような事情は、他の新興諸国でも同じだった。新興国だけではない、欧州やアジアなど多くの国が、韓国勢に席巻されていた。そして、人々に日本製品の印象を聞いてみると、「高品質」と答えた人は皆無であり、ほとんどの人が「タカーイ!」と答えた。
日本だけの亀山モデルだったシャープ
2005年以降のデジタルテレビの売り上げシェアを見ると、2010年以降はサムスン電子やLG電子などの韓国勢が1位と2位を占めている(図2)。
日本メーカーの中では、2006〜2008年にはソニーがシェア2位と健闘していたが、2009年以降はシェアを低下させている。
しかし、それよりも解せないのは、液晶AQUOSで「世界の亀山モデル」と持てはやされたシャープのシェアが、2006年以降は10%以下に低迷していることである。この程度のシェアで「世界の亀山モデル」と宣伝するのは、いかがなものか。正しくは、「日本だけの亀山モデル」というべきである。
当時、シャープ関係者にこの話をすると、「世界シェアは10%以下だが、日本シェアは50%を超えている」と自慢げに言うのである。つまり、「日本シェア50%」だけを見てシャープは大成功していると思っていたようである。
この誤認識が、シャープをさらに転落に導く。亀山工場の4倍もの投資をして世界最大の堺工場を建設するのである。シェアが高いのは日本市場だけであり、世界市場ではシェア10%にも満たないにもかかわらず。明らかにこれは現状認識を見誤った過剰投資である。この結果、シャープは、2011年度および2012年度に、それぞれ、3760億円および5453億円の巨額赤字を計上するに至った。
シャープ再建への課題
シャープ転落の原因は次のようにまとめられる。
- 技術力に対する強い自信を持っているが、コストに対する意識が希薄なため、営業利益率が常に数%と低い。
- 液晶テレビの日本でのシェアは高いが、海外シェアは低い。つまり、真のグローバル企業にはなれていない。
- 技術、製品の原価構造、国内外のマーケットの状況、これらを総合的に見て経営することができていない。
高橋興三社長が示した資本金の原資、希望退職者の募集、従業員の給与カット、これらは単なる絆創膏貼りであって、本質的な解決策にはならない。現在の社長にできないのならば、早々に首をすげ替えるべきである。