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東芝の不適切会計1518億円、これだけか?
ウソくさい記者会見で膨らむ日本半導体界の雄への疑惑

朝日新聞WEBRONZA 2015年7月23日

 私は2002年に日立を退職した元半導体技術者であるが、ここ10年ほど東芝を応援してきた。東芝での講演回数は10回を超え、要請に応じて月に1回程度、助言するなどの協力もしてきた。それ故、歴代の3社長が辞任することになった今回の不適切会計には、大いにガッカリさせられた。と同時に、不適切会計は本当にこれだけなのかという疑惑を持った。本稿でその詳細を述べたい。
 
 

まるでブラック企業だ

 
 第三者委員会が7月20日に発表した調査報告書によれば、歴代3社長が「チャレンジ」と称する過大な利益目標を設定し、カンパニートップや子会社の社長にプレッシャーをかけたという。その事例には目を疑う。幾つかをピックアップしてみる。
 
 …2008年7月の四半期報告会及び8月の社長月例において、PC社から2008年度上期の営業利益の見込みに対し、西田厚聰Pはいずれも50億円の上積みを「チャレンジ」として求めた。これに対してPC社は、この「チャレンジ」を達成すべく、2008年9月、損益の大幅改善のためのODM部品(注1)の押し込み(注2)を実施した…(中略)…その後も継続的にODM部品の押し込みを実施し、西田厚聰Pの社長退任直後の2009年度第1四半期末には、Buy-Sell(注3)利益計上残高は、推計273億円にまで達した。
 

    • 注1)ODM:Original Design Manufacturing、委託者のブランドで販売される製品の設計・開発・製造をおこなうこと
    • 注2)押し込み:委託者からODM先へ過度に高額な部品を必要以上に購入させること
    • 注3)Buy-Sell:TTIP(東芝国際調達台湾社)が、PCの主要部品を各部品ベンダーより購入した上、ODM先に対して購入した各部材をODM先へマスキング価格(調達価格を上回る価格)により販売し、部品の支給を受けたODM先が自己調達品と合わせてPCを製造し、完成したPCをTTIPに納入するという、一連の取引 

 
 2012年9月27日に開催された社長月例において、佐々木則夫Pは、PC事業を行うDS社に対し、残り3日での120億円の営業利益の改善を強く求めるとともに、検討結果を翌9月28日に報告することを求めた…(中略)…このような経緯の結果、佐々木則夫Pの社長退任時には、Buy-Sell利益計上残高は、推計654億円に達した。
 
 2014年2月、社長月例において、田中久雄Pは、「映像は第3四半期に折角ゼロになったのに第4四半期で赤字で元通りでは意味がない。なんとしてもゼロにするように。あれだけ構造改革をやっておいて▲46億円赤字とは言えない…(中略)…どんなことがあっても▲20億円までに納めなさい。…資金収支は前回悪化分+100億円改善チャレンジ」と指示している。
 
 
 報告書では、「東芝においては、上司の意向にさからうことができないという企業風土が存在していた」という。そのため、経営トップから「チャレンジ」のプレッシャー受けると、その下の社員は不適切な会計処理を継続的に実行するようになったと第三者委員会は分析している。
 
 恐らく、社長 → カンパニートップ(または子会社社長)→ 事業部長 → 部長…というようにプレッシャーがかけられ、組織的に不適切会計を行うに至ったのだろう。これでは、まるでブラック企業のようではないか。
 
 

ウソくさい記者会見

 

東芝の会見には多くの報道陣が詰めかけた = 7月21日、東京都港区、井手さゆり撮影

 
 7月21日に、辞任する田中社長および暫定的に社長を兼任する室町政志会長らが、記者会見を行った。私は、日経新聞のサイトの動画で全てを見たが、何というウソくさい会見であったことか。
 
 田中社長は冒頭で「第三者委員会の報告書の内容を真摯に受け止める」と言ったにも関わらず、記者達から「不適切会計に経営陣がどのように関与したのか」と問われると、「直接的に不適切な会計処理を指示した認識はない」と答えた。同様なやり取りは、何度も行われた。
 
 前節で一例を挙げた通り、報告書では田中社長が不適切会計を指示したり、不正を認識していたりする記述が何か所もあるのに、会見では「認識がない」と言い続けた。さらに追及されると「第三者委員会の報告書を読んでください」ということを繰り返した。明らかに逃げている。ちっとも真摯に受け止めていないではないか。
 
 会見を通して田中社長は、「不適切会計の経営責任を取って辞任はするが、私は悪いことをやっていたという認識は一切ない」というメッセージを発し続けていたように感じる。まったく誠実でない。そして、こんな人が今まで東芝の社長をやっていたのかと思うと愕然とした、というのが正直なところである。
 
 室町会長についても、良い印象を持てない。「不適切会計のことを知らなかったのか」問われると、「第三者委員会の報告書に名前の記載もないし、関与もしていない」と答えた。要するに知らなかったということだが、本当だろうか。
 
 室町会長は、半導体の出身である。東芝の半導体には、NANDフラッシュを中心としたメモリ、システムLSI、ディスクリート(個別半導体)の3部門あるが、常にシステムLSIが赤字を垂れ流しているのは、室町会長なら良くご存知のはずである。そのシステムLSIで不適切会計が行われていたことを知らなかったというのは、どう考えても不自然である。もし本当に知らなかったとしたら、あまりにも鈍感なのではないか。
 
 

広がる疑惑

 
 第三者委員会が行った調査は、東芝から委嘱された以下の4事項についてである。その調査対象期間は、2009年度から2014年度第3四半期である。
 

    1. 工事進行基準案件に係る会計処理
    2. 映像事業における経費計上に係る会計処理
    3. ディスクリート、システムLSIを主とする半導体事業における在庫の評価に係る会計処理
    4. パソコン事業における部品取引等に係る会計処理

 
 報告書では、調査の前提として、「(前略)…本委員会においては、東芝と合意した委嘱事項以外の事項については、本報告に記載しているものを除き、いかなる調査も確認も行っていない」と記載している(第1章、四、2、(8))。
 
 したがって、1~4について2008年以前に適切な会計処理がなされていたかどうかは不明である。また、1~4以外の事項について適切な会計処理がされていたかどうかも不明である。室町会長と田中社長のウソくさい記者会見を見たためかもしれないが、1518億円は氷山の一角で、それ以外にも不適切会計があるのではないか、と疑問を抱かざるを得ない。
 
 特に半導体については、その可能性が高いように思われる。というのは、報告書によれば、半導体における不適切会計については、東芝の半導体の在庫評価の方法がそもそも正しくないことが原因となっていると読めるからだ。もしそうだとすると、記者会見でも質問が出たが、2008年以前も同様な不適切会計が行われていたと推測せざるを得ない。
 
 そして、その正しくない在庫処理の方法が、今や東芝の最大のドル箱となっているNANDフラッシュにも適用されているとしたら?
 
 凋落が著しい日本半導体業界において、世界とまともに戦っているのは、東芝のNANDフラッシュとソニーのイメージセンサだけである。東芝のNANDフラッシュの世界シェアは僅差で2位だが、一説によれば、営業利益率は26%で1位のサムスン電子より高いと聞いた。しかし私は、これが事実とは思えなくなってきている。