♪  半導体技術者の視点で、社会科学の研究を推進中。  ♪  社会科学者の視点で、半導体の技術開発を推進中。  ⇒ 最新記事と講演については、facebookでもお知らせしています。

東芝危機:半導体技術者も不正に関与したのか?
室町会長兼社長は7月の会見でウソを言っていた

朝日新聞WEBRONZA 2015年9月4日

決算の再々延期なら上場廃止

 

決算延期を謝罪する東芝の室町正志社長=8月31日、東京都港区の東芝本社、内田光撮影

 
 東芝は、8月31日に予定していた2015年3月期決算発表を再延期した。内部通報が相次ぎ、新たに国内外で10件程度の不正会計が判明したためだという。次の提出期限は9月7日となったが、もしこれにも間に合わなかった場合、投資家に注意を促す「監理銘柄」に指定される。さらに、それから8営業日後の9月17日にも間に合わなければ、上場廃止になるという。
 
 室町正志会長兼社長は、「万が一、期限通りに提出できない事態に陥った場合、進退問題も含めて考える」と発言した。企業のトップとしては当然のことだが、東芝が追いつめられているのは事実である。
 
 

東芝を支えているのは半導体技術者

 
 しかし、私は、上場廃止よりも心配なことがある。それは、一連の不正会計に、「まさか技術者も関わっていないよね?」ということである。
 
 特に半導体技術者、その中でもNANDフラッシュメモリを製造しているメモリ事業部の技術者はクリーンであって欲しい、と願っている。その理由は二つある。
 
 第一の理由は、東芝において、利益の源泉はNANDフラッシュメモリしかないということだ。2014年3月期の連結決算では、売上高6兆5025億円、営業利益2908億円であるが、半導体などの電子デバイス部門は売上高1兆6934億円、営業利益2385億円である。
 
 ここから分かるように、東芝の営業利益の82%を半導体が稼いでいる。その半導体のうち、システムLSIは赤字、ディスクリートはほとんど利益がない状態だから、東芝の利益のほとんどは、NANDフラッシュメモリに依存していると言える。
 
 第二の理由は、ちょっと乱暴なことを言うと、経営陣や経理担当者はいくらでも取り換えがきくが、数万人規模の半導体技術者をそっくり取り替えることは不可能であることによる。
 
 つまり、現在の東芝を支えているのは、NANDフラッシュメモリに関わっている技術者であると言える。したがって私は、例え東芝が上場廃止になったとしても、メモリ部門の半導体技術者が健全であれば、再起は可能だと思っている。果たして、メモリ部門の半導体技術者はクリーンであるか?
 
 

「上司に逆らえない企業文化」はどこにある

 
 第三者委員会の報告書によれば、歴代3社長が「チャレンジ」と称する過大な利益目標を設定し、カンパニートップや子会社の社長にプレッシャーをかけた。そして、東芝には「上司に逆らえない企業文化」が存在していたため、上記プレッシャーが原因となって、組織ぐるみで不正会計を継続的に実行するようになったと分析している。
 
 しかし、東芝に「上司に逆らえない企業文化」が存在していたということが、どうにも腑に落ちなかった。私は日立出身の元半導体技術者だが、東芝でかれこれ10回も講演を行ってきたこともあり、東芝の知人や友人は多い。彼らと付き合ってきた皮膚感覚からすると、官僚的な日立に比べて、東芝の企業文化は「自由闊達」であるように感じていたからだ。
 
 東芝の現役の半導体技術者に、その辺りのことを尋ねてみると、ある友人は「上司に逆らえない企業文化とは、『浜松町の文化』ではないか」と回答した。浜松町とは東芝本社の所在地である。つまり、「上司に逆らえない企業文化」は「東芝本社の文化」であって、「(少なくとも半導体の)技術者の文化」ではないのではないか。それなら納得がいくし、半導体技術者はクリーンかもしれない。
 
 では、半導体の不正会計は、誰が関与して、どのように行われていたのか?
 
 

経理部担当者しかわからない方法

 
 第三者委員会の報告書によれば、半導体の不正会計は、「東芝のS&S社の在庫処理のルールが企業会計上の一般的なルールと異なって」おり、それが「外部から分かりにくい方法で行われている」ことに直接的な原因があったとしている。なお、S&S社とは、セミコンダクター&ストレージ社の略である。
 
 さらに具体的には、「実際の嵩上げ方法は…(中略)…会計知識を十分に有する者しかその正確な内容や問題点を理解できない方法により行われているものである。このため、特にそのような会計処理に問題があることを経理部担当者ら自身が他の従業員に伝えない限り、他の従業員らがこれを是正することができないような方法で行われていたものである。したがって、関与している経理部担当者ら以外が、これを是正することは困難であった」とある。
 
 つまり、第三者委員会を読む限りでは、半導体の不正会計に直接関わった者は経理担当者であり、半導体技術者ではない。
 
 

日経ビジネスの告発記事

 
 ところが、これを覆すような記事が出てきた。それは、8月31日発行の「日経ビジネス」の記事「東芝 腐食の原点」である。この記事には、東芝社員が日経ビジネスに告発したとされる五つのケースが記載されている。その中のケース4は、「半導体部門の現役エンジニア、40代後半」によるもので、次のようなことが書かれている。
 

 経理部門にばれなかったのか。そんな心配したことないよ。工場の経理は、現場部門が算出する原価を追認しシステムに登録するのが役目。我々エンジニアが原価をごまかすと、経理は絶対に見抜けない。…なぜ、そんなことをしてきたのか。決まってるでしょ。正直に「赤字になる」といったらリストラされるからだ
 
 そして、このような原価のごまかしをやり続けてきたルーツについて、次のように説明している。
 
 東芝は2000年代初頭、苦境に陥っていたDRAMから撤退した。今から振り返ると合理的な経営判断だったが、職場は配置転換などで大混乱した。これが半導体部門にとってのトラウマになっている。いつ、「選択と集中」のやり玉に挙げられるのか。疑心暗鬼が生まれ、現場が自己保身のために原価をごまかすようになった。

 
 もしこの記事が事実ならば、DRAMから撤退した2000年初頭以降、継続して不正会計に関わっていたのは経理担当者ではなく、半導体技術者ということになる。クリーンだと思っていた半導体技術者にも腐食が広がっていたのである。私は驚きを隠すことができない。
 
 

深まる室町会長兼社長への疑惑

 
 東芝は歴代3社長が辞任し、現在は室町会長が社長を兼務している。室町氏は、東芝がDRAMから撤退した2002年にセミコンダクター社メモリ事業部長に就任した。NANDフラッシュメモリが軌道に乗り始めた2004年にセミコンダクター社社長になり、その後、NANDフラッシュメモリの成長と軌を一にするように出世街道を驀進し、2014年に取締役会長になった。つまり、東芝の半導体の苦境と栄光を知り抜いている。
 
 このような経歴の室町氏が、7月21日に行われた田中社長の辞任会見で、「不適切会計のことを知らなかったのか」と問われて「第三者委員会の報告書に名前の記載もないし、関与もしていない」と答えた。前回の拙著記事(2015年7月23日)で「不自然である」と書いたが、今や「それはウソだ」と思わざるを得ない。
 
 東芝は8月18日に、室町社長は続投し、11人で構成する取締役のうち7人を社外取締役にする新体制を発表した。しかし私は、社長こそ外部から招聘するべきで、その上で技術者を含めた社員20万人の大粛清を行う必要があると考える。