♪  半導体技術者の視点で、社会科学の研究を推進中。  ♪  社会科学者の視点で、半導体の技術開発を推進中。  ⇒ 最新記事と講演については、facebookでもお知らせしています。

国が半導体企業を“爆買い”
東芝の技術も入手した中国の投資会社、その理由と真の狙い

朝日新聞WEBRONZA 2015年11月17日

 東芝とNANDフラッシュメモリで提携している米サンディスクが身売りに出ていることを記事に書いたら(WEBRONZA、2015年10月23日)、サイトにアップされる前に、ハードディスクドライブ(HDD)のトップメーカーの米ウェスタン・デジタルが買収を決めてしまった。あまりの早業に呆然(ぼうぜん)となった。
 
 このウェスタン・デジタルの筆頭株主は、中国の紫光集団である。それ故、紫光集団は、東芝とサンディスクが15年間かけて開発したNANDフラッシュメモリの技術を、まんまと手に入れることに成功したわけだ。また、サンディスクは買収された後も東芝との提携を維持すると発表しているため、両社が現在開発中の3次元NANDフラッシュメモリの最先端技術も、紫光集団は入手することになるだろう。
 
 

中国企業の“爆買い”

 
 世間では中国人観光客による“爆買い”が大きなニュースになっているが、同様な“爆買い”が半導体業界でも起きている。上記のサンディスク買収はその一例に過ぎない。2015年に入ってから、中国企業が猛烈な勢いで、世界の半導体企業を買いあさっているのだ(表1)。
 
 

 
 中国Uphill InvestmentによるメモリメーカーISSI買収、中国Hua CapitalによるCMOSセンサーメーカーの米OmniVision Technologies買収、紫光集団による米HPの子会社の買収、中国JAC CapitalによるオランダNXPのRF事業部買収、中国・江蘇長電科技によるシンガポールの後工程メーカー・スタッツチップパック の買収、紫光集団によるメモリ大手の米マイクロンへの買収提案、紫光集団が筆頭株主となったウェスタン・デジタルによるサンディスク買収、さらに紫光集団は、後工程メーカーの台湾・力成科技の25%株式を取得し、スマホ用プロセッサの設計メーカー台湾メディアテック、および、半導体製造専門のファンドリー分野で世界一の台湾TSMCの株式を取得しようとしている。
 
 なぜ、中国企業は、世界の半導体企業を“爆買い”しているのか? 本稿では、その理由を論じる。
 
 

中国の半導体事情

 

 
 2014年の中国の半導体市場は980億ドルで、世界半導体市場3330億ドルの約3割を消費している計算になる。これは、中国が「世界の工場」となり、また経済発展を遂げたために、中国が大量の半導体を必要としていることを意味する。
 
 ところが、2014年に中国で製造された半導体は、125億ドルしかない。中国の半導体の自給率は、たったの12.8%である(図1)。つまり、中国では拡大する半導体需要に、自給がまったく追い付いていないのである。「世界の工場」となった中国が、なぜ、半導体製造で振るわないのだろうか?
 
 

中国は半導体製造が苦手

 
 半導体をつくるには、設計と製造の二つの工程が必要となる。中国が半導体を自給できない最大の理由は、製造工程の不振にある。それは、中国最大のファンドリーSMICの業績を見れば一目瞭然である。なお、ファンドリーとは製造専門の半導体メーカーのことである。
 
 SMICは、地元銀行のほか米国、台湾、香港などの投資銀行やベンチャーキャピタルが出資して、2000年4月に設立された。2002年に初代CEOの張汝京は、4~5年間で約1兆円を投資するという爆弾発言を行った。この投資額は、2002年当時で、台湾TSMCの5倍、韓国サムスン電子の4倍に近い。日本は大手12社の合計が6250億円であったことを考えれば、この投資額がいかに桁外れのものだったが分かるだろう。
 
 もし、そのシナリオ通りにSMICが成長したら、中国が半導体王国になっていたはずだが、現実はそうなっていない。それどころか、長らく赤字の低空飛行を続け、2012年以降にやっと黒字化できた有り様である。ファンドリーの世界ランキングでも、台湾のTSMCやUMCの足元にも及ばず、2009年に設立された米グローバル・ファンドリーズにも抜かれてしまった。
 
 SMICの業績が示すように中国のファンドリー、つまり製造は不振だが、設計を専門とするファブレスは2012年10月時点で約450社もあり、活況を呈している。そのトップ企業が紫光集団である。
 
 これは何を意味するか。ファブレスは少人数で勝負できる。一方、半導体製造には百人規模のプロセス技術者が必要となる。筆者は、中国人が、個人プレーで能力を発揮できる半導体設計には向いているが、百人規模の技術者のチームワークが必要な製造には向いていないのではないかと思っている。
 
 

習近平の半導体政策「0+1=1」

 
 このような半導体製造の不振を打開するために、習近平・国家主席は、2014年6月、半導体新興を目指す「国家IC産業発展推進ガイドライン」を制定した。2015年の国内の半導体売上高を2013年比で4割増大させ、さらに2030年までに世界トップクラスの半導体企業を複数育成することを国家目標として掲げた。その上、新たに2兆円規模の「中国IC産業ファンド」を設立した。表1に示した中国企業の“爆買い”は、以上の国策と国家ファンドの背景の元で行われたものである。
 
 ここで表1の中国企業は、InvestmentやCapitalなど投資会社であることに注意しよう。紫光集団も、現在は一応ファブレスということになっているが、前身は投資会社である。
 
 つまり、中国企業によるM&Aは、「0+1=1」なのだ。通常、M&Aというと2社のシナジー効果を期待して、「1+1=3」を期待する。しかし、中国には半導体技術者が不足しており、その結果、半導体の製造技術が足りない(もしくは、ない)。そこで、ない技術を手に入れるために、金にものを言わせて買ってくるから、「0+1=1」と表現するのがふさわしいと思うのだ。
 
 

中国の”爆買い“の真の狙い

 
 最近お会いした中国事情に詳しい方から、中国のM&Aの真の狙いがどこにあるかを教えていただいた。それは、軍事技術と宇宙産業なのだそうだ。
 
 中国には、軍事技術と宇宙産業で、米国を押しのけて世界に君臨したい野望があるという。それには、プロセッサやメモリなど、高度な半導体製造技術が不可欠である。しかし、ミサイル用のプロセッサとメモリをつくってくれと言ったところで、誰も相手にしてくれない(当たり前だ)。
 
 そこで、それならば、自前で製造できるようにしようというのが、この相次ぐ”爆買い“の真の目的なのだそうだ。私には、冗談でなく、かなり信憑性がある話のように思えてならない。