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「アルファ碁が人間に勝ったこと」の本質(下)
AIが半導体を製造する時代が到来する

朝日新聞WEBRONZA 2016年5月27日

 半導体の製造は、高度に専門化された技術の集積によって可能になる。だから、中国が国策で10兆円を超えるカネを半導体に投じようとも、技術者が育たず定着しないお国柄では、半導体の製造は無理だろうと思い込んでいた。もちろん、コンピュータ―が半導体を製造するなどハナから無理だと思っていた。
 
 しかし、これに異を唱える人が現れた。元東京エレクトロンで現在Tech Trend Analysis代表の有門経敏氏は、「深層学習機能を持った人工知能(AI)が、プロセスフローを構築し、半導体を製造するようになる」ことを予測したのだ。
 
 それでも尚、「そんなことは不可能だ」と反論していた。そのようなときに、矢野和男氏が書いた「AIで不可能な時代に挑む」(日立評論、2016年4月号)を読み、「ビジネスにおいて、従来のコンピュータ―やAIを利用するには、その対象となる分野の専門的知識が必要不可欠だった。ところが、深層学習という機能を備えたAIを利用すれば、その分野の専門知識はさほど必要ない」ことを知った。
 
 その結果、いずれ半導体製造にも深層学習機能を持ったAIが使われるようになるだろうと思い始め、それどころか、必ずやAIが半導体を製造する時代が来るだろうと確信するに至った。本稿では、最初は不可能と思っていた半導体製造とはどのようなものか、そこにAIがどのように使われると予測しているかを論じよう。
 
 

半導体チップができるまで

 

 
 半導体の製造は、設計、プロセス開発、量産に分かれている(図1)。筆者が特に「コンピュータ―には無理だ」と思っていたのは、プロセス開発においてである。
 
 プロセス開発では、設計結果を基にして、シリコンウエハ上にトランジスタや配線からなる3次元の構造物(チップ)を製造するための工程フローを構築する。工程フローは500~1000ステップに及ぶ。そして、この工程フローを構築する技術を「インテグレーション技術」と呼ぶ。
 
 シリコンウエハ上には、1000個ぐらいのチップが同時につくられるが、たった1個でも所望の動作をするチップができれば、工程フローは一応完成する。しかし、新しいチップの場合、これがなかなか難しい。そのため、プロセス開発では、何度も試作を繰り返して、最低でも1個のチップが動作する工程フローを構築する。この時の良品の割合(歩留り)は、1/1000=0.1%ということになる。
 
 それができたら、工程フローは量産工場に移管される。工場には数百台の装置が並べられ、工程フローの一つ一つを最適化することによって、0.1%だった歩留りを100%に近づける(通常、90%くらいで飽和する)。さらに、数百台の装置が安定稼働するよう注力して、その高歩留りを維持する。
 
 例えば、1枚のウエハに1000個のチップを製造し、歩留りが90%だったら、900個が良品となる。これを1個1個切り出して、樹脂やセラミックのパッケージに挿入して、チップが完成する。
 
 

特に難しいインテグレーション技術

 
 経営学者やジャーナリストが「半導体チップは、数百台の製造装置を購入して並べてボタンを押せば、誰でもできる」という論文や記事を書いているが、まったく間違っている(東大の名のある経営学の教授までもがハードカバーの専門書に、そのような記述をしているのには驚くばかりだ)。
 
 確かに量産工場を見学すれば、数百台の装置がずらりと並んでおり、オペレーターがボタンを押している光景が見られるであろう。いや、今はボタンを押すことも自動化されている場合があるから、「装置を買って並べれば半導体チップはできてしまう」という人が現れるかもしれない。
 
 彼らがそのような暴論を吐くのは、500~1000工程にも及ぶフローを構築する「インテグレーション技術」の存在を知らないからである。何しろ、「インテグレーション技術」は目に見えない。
 
 この「インテグレーション技術」は、高度な擦り合わせ技術である。1人前のインテグレーション技術者になるには、その素質がある者が10年以上の経験を積む必要があると言われるほどだ。
 
 インテグレーション技術者には、半導体集積回路の構造とその動作、微細加工技術など十数種類ある要素技術、生産性や歩留り向上のための技術など、非常に幅広い分野の理解が不可欠である。優れたインテグレーション技術者とは、言うなればタレントである。したがって、コンピュータ―が代替することは、まず不可能だろうと思っていたのである。
 
 しかし、有門氏の予測と矢野氏の記事によって、その思い込みは、翻ることになった。
 
 

半導体製造に使われ始めるAI

 
 半導体製造の世界にも、センサー、ビッグデータ、IoT、そしてAIの技術がじわじわと侵入してくることはある程度、予想していた。
 
 数百台ある製造装置の1台1台に、多種多様なセンサー設置され、そのセンサーが検出する情報を基に、装置が自分で自分の故障診断をし始めるだろう。軽微なトラブルなら自分で自分を修復するようになるかもしれない。
 
 そして量産工場にある数百台全ての製造装置のこのような情報がビッグデータとして収集され、深層学習機能を持ったAIが、生産性や歩留り向上を自動で行うようになるだろう。また、装置の保守点検を自動で行い、深刻なトラブルを未然に防ぐようになるかもしれない。
 
 当初筆者はここまでは予測していた。しかし、その先もAIが行うようになると宗旨替えをした。つまり最終段階として、素質がある人間が10年以上の経験を積む必要があったインテグレーション技術についても、深層学習機能を持ったAIが行うようになるだろう。
 
 もしそのような時代が本当に来たら、「中国人が半導体製造に向いていない」などと言うことは、まったく関係がないことになる。暴論だった「装置を買って並べれば半導体チップはできてしまう」ことが現実になるわけだ(悔しいが)。しかるべき投資をし、高度にIoT化された量産工場を建設し、深層学習機能を持ったAIがプロセスフローを構築し、そして生産性や歩留り向上もAIが自動で行うようになるのだから。
 
 囲碁の世界では、「向こう10年は人間に勝つのは無理」と言われていたことが現実となった。自動運転車の販売も秒読み段階となった。AIが半導体を製造することも、夢幻ではなくなったのだ。
 
 

さて日本はどうする?

 
 1980年代に半導体の売上高で世界シェア50%以上を占めていた日本は、その後凋落し、今やそのシェアは10%を切った。
 
 半導体メモリDRAMのエルピーダは倒産して米マイクロンに買収され、車載半導体で世界一のシェアを占めていたルネサス テクノロジも倒産寸前となって産業革新機構等に買収された。NANDフラッシュメモリでサムスン電子と1位の座を争っていた東芝は、粉飾会計の問題で投資能力が失われ、競争から脱落しつつある。
 
 世界の半導体売上高が5~7%で成長しているのに、日本だけが一人負けの状態になっている。「AIによる半導体製造」を世界に先駆けて行うべきなのは、日本なのではないか。