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「技術で勝ってコストで負けた」なんて、大ウソだ!

朝日新聞WEBRONZA 2010年12月21日
 半導体、液晶パネル、有機EL、太陽発電、LED。どれもこれも、新聞、雑誌、テレビでは、日本は「技術では勝っていた」が「コスト競争で負けた」と報道している。いや、メディアだけではない。技術者も経営者も、当の本人たちが、何の疑いも持たずにそう思い込んでいる。

 本当に技術で勝っていたのか? なぜ、勝っていたと言えるのか? そもそも、勝っていたというのはどんな技術なのか? 2003年以降、筆者は、半導体を対象にして、このようなテーマを追求してきたわけだが、結論から言うと、「技術では勝っていた」というのは単なる妄想に過ぎない。実は「日本は技術でも負けていた」のである。

 半導体は、直径20〜30cmのシリコンウエハ上に、500以上の工程を経て作り込まれる。そこで使われる要素技術は、膜を形成する成膜技術、パタンを転写するリソグラフィ技術、マスクに従って加工するエッチング技術、微細なゴミを除去する洗浄技術、形成されたパタンを測定する検査技術などだ。これらを組み合わせて工程を構築する技術を、インテグレーション技術と呼ぶ。

 半導体におけるインテグレーション技術の存在は、ほとんど知られていない。要素技術は、それを実現する半導体製造装置が存在する。つまり、目に見える。しかし、要素技術と要素技術をつなぐインテグレーション技術は、目に見えない。

 ジャーナリストや社会科学者が、「半導体は装置を買ってきて並べてボタンを押せばだれでもできる」などと、的外れなとんでもない発言をするのは、インテグレーション技術の存在を知らないからに他ならない(*注1)

 しかし、半導体メーカーにとっては、この目に見えないインテグレーション技術こそが、競争力の根幹をなす技術なのである。半導体だけではない。液晶パネル、有機EL、太陽発電、LEDなども、同様である。それは、なぜか?

ASML社の最先端リソグラフィ(露光)装置

 
 DRAMの工程フローを構築した際、技術者Aは500工程、技術者Bは700工程だったとする。これらの工程フローに従って、量産工場に並べられる装置の仕様と台数が決まる。もっとも高価なリソグラフィ装置 は、現在、55億円もする。500工程のフローならば、10台のリソグラフィ装置で足りるかもしれないが、700工程のフローの場合は15台必要かもしれない。これだけで、275億円もの差が出ることになる。

 現在、最先端の半導体工場を一つ建設するのに3000億円以上かかると言われている。そのうち、少なくとも2200億円が設備代である。もし、上記のように、工程数が1.5倍になったとすると、3000億円で済む設備投資が4000億円を超えることになるのである。

 筆者は、2003年から2008年にかけて、日本と韓国および台湾の半導体メーカーについて、同一種類の半導体において、工程数の大小を調査した。その結果、日本の半導体メーカーの工程数は、韓国および台湾メーカーよりも相当多い(だいたい1.5倍くらい)であることを発見した(詳細は拙著『日本「半導体」敗戦』(光文社)の第1章を参照されたい)。

 日本の半導体メーカーがコストで負ける最大の理由はここにある。つまり、インテグレーション技術が稚拙なのだ。ある一定の性能を実現するのに、韓国や台湾の方が、日本よりコンパクトにインテグレーションしているのである。日本の工程は、必要以上に“コテコテ”なのだ。まさに技術で負けていたのである。

 筆者は、2004年以降、日本半導体メーカーの工程数が多すぎること、その原因が過剰技術で過剰品質を作っている点にあることを、講演や雑誌などで指摘してきた。すると、必ず、以下のような反論が、あちこちから出てくる。

 まず、日本がコストで負けるのは、法人税が高いこと、水、電気、土地、などのインフラ代が高いこと、人件費が高いことに最大の原因があるという主張である。

 確かに、法人税、インフラ代、人件費が高いのは事実であろう。ならば、それらを同じ条件にしたら、韓国および台湾に勝てるのかと反論したい。筆者の指摘は、これらとは全く別次元の話である。

 また、日本半導体メーカーは、高速性、低消費電力性、高信頼性など、高性能な半導体のインテグレーション技術では勝っているという主張がある。

 これも一理あるかもしれない。しかし、同意はできない。

 なぜなら、高速性、低消費電力、高信頼性にこだわってインテグレーションをし(すると、当然、工程数は増大していくわけだが)、高性能な半導体を作ったとしても、高く売れるわけではないからだ。デジタル製品の象徴である半導体は、ある一定水準の性能をクリアしていれば、(それ以上、どれだけ高性能であったとしても)すべて同一価格で販売される。

 例えば、DRAM。もしかしたら、日本製は、韓国や台湾製よりも高性能で高品質かもしれない。しかし、価格はすべて同一である。実際、現在の1G-DRAM取引価格は1.2ドル程度である。半年前の高値がついたときでも3ドル程度であった。DRAMに限らず、このような価格の半導体を、韓国や台湾メーカーは原価1ドルで製造しているのに対し、日本メーカーは1.5倍の原価で製造しているのではないか。これでは、いくら高性能と言っても利益が出ないのは明白だ。

 極論すると、日本半導体メーカーは、100万円の軽自動車を作るのに、500万円の高級車レクサスを作る技術を用いているのである。このような状況で、日本は技術で勝っていると言えるのか? 単なるマヌケなのではないか。

 2010年12月11日の日経新聞に、「エルピーダは主力製品であるDRAMの構造を簡素化して製造工程を減らす技術を導入した」という記事が掲載された(*注2)。この記事によれば、通常ならば1500億円の投資が必要だが、それを1/4に圧縮できたとのことである。

 2004年から言い続けてきたことが、やっと受け入れられたのかもしれない。少しは筆者の研究が世の中の役に立ったのだろうか。しかし、なぜこんなにも時間がかかるのか。これまでずっと、削減できるはずの1500億円の3/4が放置され続けてきたのである。

 日本半導体メーカーの経営者殿、経営統合したり、リストラしたり、公的資金をくれと訴えたり、法人税が高いと愚痴ったりする前に、今一度、インテグレーション技術と工程フローを見直したらいかがですか?

(*注1)例えば、東大ものづくり経営研究センター・藤本隆宏「日本もの造り哲学」日本経済新聞出版社(2004.6)p.146。
(*注2)日本経済新聞12月11日朝刊第11面(東京本社発行最終版)