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孤族に陥りやすい技術者(1)
結婚できない(しない)技術者たち

朝日新聞WEBRONZA 2011年1月27日
 技術者は弧族になりやすい。特に、最先端の技術者はそうである。

 私がこのように考える理由を2回に分けて話したい。今回は、20代から30代の技術者の結婚事情についてである。

 私は、日立製作所の中央研究所に入社した。そこには、「半径10メートル、1/6の法則」という奇妙な法則が存在した。また、「今彼女がいない人は、最低5年は結婚できない」とも言われた。

 「半径10メートル、1/6の法則」とは、社内結婚に関する傾向を一言で示したものである。当時、中央研究所には1300人の社員がいて、毎年60人ほどの新入社員を採用していた。これらの男女比は、ほぼ6:1となっていた。つまり、女性社員の数は非常に少ない。そして、女子社員の多くは社内結婚するのだが、そのうち内訳を調べてみると、半径10メートルの近距離に席がある者同士の場合が非常に多かった。このようなことから、「半径10メートル、1/6の法則」が成立していた。

 しかし、1/6というのはまだ恵まれているということを、後に、工場へ転勤になって知ることになる。何しろほとんど女子社員はいない。工場とはオッサンの世界であり、女っ気は皆無。各部門に配属されている庶務の女子社員がいる程度で、その割合は1/60ぐらいではなかっただろうか?

 話を(恵まれている)中央研究所に戻すと、1/6からあぶれた5/6の男性社員は、当然の結果として、(結婚したければ)その相手を社外から調達しなければならない(かくいう私の社外調達組である)。ところがここに、次なる壁が待ち受ける。時間および給料の問題である。これが「今彼女がいない人は、最低5年は結婚できない」ということに繋がる。

 まず、技術者になると、仕事漬けの日々を送ることになる。実験、報告書作成、特許などに奔走する(面白いからのめり込むということもある)。その結果、自由になるプライベートな時間は少ない。初めて住むところに土地勘もなく、彼女を作ることは極めて難しい。

 更に決定的なのは、給料が安いという問題だ。理系の生涯給料は文系のそれより1億円程度低いという報告がある。しかし、ここで取り上げるのはそのような問題ではない。電機メーカーの場合、入社から5年間は、給料があまり増えないのである(図)。5年を経過すると、傾きが変化してぐいぐいと増えていくのだが。
 

 これは実話であるが、初めてボーナスをもらった時のこと。まじめな友人の一人が全額を銀行に定期貯金に行ってショックを受けていた。彼は、銀行の窓口の(見るからに高校を卒業したばかりのような若い)女性担当者に「今度から半分じゃなくて全部貯金してくださいね」と言われたそうである。

 このようなことから、入社して5年間は、結婚して妻子を養うことなどは困難である。それより前に、こんな低サラリーでは、今どきの女性に見向きもされないだろう。

 女性に巡り合う確率が低い、時間に余裕がない、最初の5年間は給料が安い。そうして「今彼女がいない人は、最低5年は結婚できない」という事態に陥る。否、彼女がいたとしても、うんざりして愛想をつかされるかもしれない。この教え通り(?)、私は入社5年目に、趣味のダイビングを通じて結婚相手を得ることをできたが、「大企業なのに、本当にたったこれだけなの?」となかなか信じてもらえなかった。

 このような実態から、20代では結婚できず、30歳に到達する。30代は技術者として最も成長する時期である。主任になり、ある者は課長になっていく。給料は増えるものの、ますます時間に余裕はなくなり、女性に会う機会が増えることもない。

 かくして結婚できない(しない)技術者が増殖することになる。単身の技術者は、40代から50代になると、より孤族に近づく運命が待ち構えている。次回は、技術者の晩年についてお話ししよう。