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東京電力は情報を隠蔽しているのか?

朝日新聞WEBRONZA 2011年3月29日
 「東京電力も政府も何かを隠している」という話が、週刊誌やインターネットの書き込みには溢れている。筆者も、東京電力の武藤副社長の記者会見を見て、あのボソボソした話し方や誠意が感じられない態度にイライラしたせいもあり、そうかも知れないと思っていた。
 

会見で質問を受ける東京電力の武藤栄副社長(中央)=27日午後6時7分、東京都千代田区


 果たして本当に東京電力は何かを隠しているのか? しかし、ちょっと違うのではないかとも思い始めた。筆者の想像であるが、東京電力は、情報を収集・整理し事象を把握する能力そのものがないのではないか? つまり、情報を隠蔽したくてしているのではなく、全力でコトに当たっているのにその能力が(少なくとも現在は)無いためにこのような事態になっているのではないか? このように考えるその理由と、この危機を乗り越えるにはどうしたら良いかを以下に示す。

 日本には半導体の合弁会社が2社ある(突然話が半導体になって申し訳ない)。そのうち一社の友人の課長から名刺をもらった時のことである。その名刺の肩書が異様に長かった。

 " 生産本部 技術開発統括部 プロセス技術開発部 微細加工技術グループ 主任技師 "

 主任技師とは課長クラスの職位を意味する。以下、その友人とのやり取りである。
 

湯之上「ずいぶん部署名の肩書きが長いね」

友人「そうなんだよ。この肩書が何を意味しているか、分かるかい?」

湯之上「いや、わからない」

友人「あのな、課長の僕の上に、何人、部長がいると思う? この肩書が示す通り、いやそれ以上に、部長がいるんだよ。ちょっと数えてみようか。まず、担当部長1人、担当副部長1人、合計2人。次に、部長1人、副部長2人、ここまでの合計5人。更に、統括部長1人、副統括部長2人、ここまでの合計8人。その上に本部長1人、副本部長4人、全部で合計13人。課長の僕の上に部長が13人もいるんだよ」

湯之上「えー、その13人の部長、何やってるの?」

友人「僕だって知りたいよ。何しろ、上に行けば行くほど、技術のこと知らないんだぜ。しかも、下からの情報は上に届かないでどこかに消えてしまう。上からの通達は、途中で伝言ゲームになってしまって、僕に下りてきたときには何言ってるのかわからない状態だよ」

 

 筆者が驚いたのは言うまでもない。
 
 更に、このような部長クラスが、27,000人中4,000人もいると聞いたときにはひっくり返りそうになった(別の筋からこの4,000人は単なるコストだとも聞いた)。

 東京電力の状況は、この半導体メーカーと酷似している。ウィキペディアによれば、2009年の12月現在で社員数は、連結 52,628人 単独 36,454人となっている。上記半導体メーカーと同じ規模の人数だ。

 また、2010年のアニュアルレポートを見ると、役員は、代表取締役会長1人、代表取締役社長1人、代表取締役副社長6人、常務取締役9人、取締役3人、常任監査役3人、監査役4人、執行役員29人と、数えるのが大変なくらい多い。ここから類推するに、膨大な人数の部長クラスがいるのではないか。

 更に、東京電力HPにあった資料によれば、福島第1原発の社員数は、東京電力1,056人、協力企業4,230人となっている。何と東京電力社員の約4倍もの協力社員がいるのである。テレビや新聞などの報道によれば、被災現場での復旧作業の実務を、東京電力社員ではなく、協力会社の社員が行っているようである。

 連結で5万人を超える巨大組織、50人を超える役員(と恐らくは膨大な数の部長クラス)、5,000人を超える原発社員の4,000人以上が協力会社。このような中、東京電力は、どのような人材で対策本部を組織しているのか、どのように情報を収集し整理しているのか、どのように復旧指針を立てているのか、それをどのような指示命令系統で実行しているのか、筆者は知る由もないが、機能不全に陥っている可能性が高い。

 例えば、24日夕の東京電力の記者会見で、3号機において協力会社の作業者3人が被爆した事故について、「電気接続の作業中に、タービン建屋内にたまった水が足にかかったようだ」と武藤副社長は説明した。実際は、放射性物質に高濃度に汚染された水に浸かりながら作業していたことが原因だったらしい。そして、この水が汚染されている情報は、東京電力社員から作業員には伝えられていなかったことも判明した。

 この一例を見ても、東京電力社員と協力社員の連携は図れていない。また、東京電力幹部たちは、被爆事故の正しい実態を理解・把握できていないことが分かる。故意に情報を隠蔽しているというより、精一杯全力でことに当たっているにも関わらず、悲しいかな、能力の無さ故に、こうなってしまっているのではないか。

 さらに具合の悪いことに、大前研一氏(MITで原子核の工学博士取得、元日立の原発設計者、元マッキンゼー、現ビジネス・ブレークスルー大学学長)によれば、東京電力の役員には原子力の専門家が一人もいないという。また、1号機は稼働から40年、もっとも新しい6号機ですら30年以上経過しており、これらプラントの設計に関わった技術者も存在しないとのことである。これが事実とすれば、現在の東京電力に、事故を起こしている原発設備の全貌を知る人は一人もいない。このような状態では、どう考えても適切な対策が立てられる筈がないだろう。

 この記事を書いている間にも事態は刻々と悪化している。原子炉物理に詳しく、原発設計や運転の実績があり、強力なリーダーシップを持つ人材(例えば大前氏)を、早急に原発事故対策大臣に任命して全権を与え、各国の頭脳を招集してコトに当たるしか解決策はないのではないか。少なくとも、東京電力に任せたままでは、被害は拡大する一方であると考える。