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日本の半導体技術者の生きる道

朝日新聞WEBRONZA 2012年8月21日

 2012年は、日本半導体産業にとって最悪の年となった(電機産業も同様だ)。倒産寸前となったルネサス エレクトロニクスは5000人以上の早期退職を含む14000人の人員削減を計画しているが、これだけでは済まないだろう。

 経営破綻したエルピーダは米マイクロンテクノロジーが買収し、当面6000人の社員の雇用は継続されることになったが、先行きは不透明だ。その他、台湾TSMCに買収が噂される富士通セミコンダクター三重工場(1400人)など、ラインの縮小、買収、閉鎖に関する話が多数聞こえてくる。数年以内に半導体メーカーの社員数万人が職を失う恐れがある。

 半導体技術者の転職は難しい。それは半導体の技術が非常に細かく分かれており、各技術が極度に専門化しているからだ。

 「半導体」と略しているが、正確に言えば「半導体集積回路」である。何を集積しているかといえば、それはトランジスタである。コンピューターではすべての情報を二進数の0と1で表現するが、トランジスタのオンとオフがこれに対応しているのである。

 ところが半導体技術者のほとんど(たぶん95%以上)がトランジスタを作ったことが無いし、作ることができない(もしかしたらトランジスタが何たるかを知らないかもしれない)。ほとんどの技術者がトランジスタをつくる数百工程の内の数工程しか担当していないからだ。

 かく言う私も、日立製作所やエルピーダで16年半の間、半導体技術に従事したが、ドライエッチングというプロセス技術しかやったことが無かった。

 プロセス技術には、シリコンウエハ上に薄膜を形成する成膜技術、回路パタンを焼き付けるリソグラフィ技術、そのパタン通りに加工するドライエッチング技術、洗浄技術、検査技術などがある(図1)。これらのプロセス技術を繰り返してウエハ上にトランジスタなどの3次元構造を形成する。
 

 
 半導体メモリDRAMの場合、このサイクルを30回くらい繰り返す。全工程数は500を超えるが、ドライエッチングはこの中の高々30工程くらいしかない。しかもこの30工程は、アルミニウムやタングステンなどのメタル、多結晶シリコン、シリコン酸化膜などの絶縁膜と、加工される3種類の材料に分かれている(図2)。
 

 
 この3種類の材料をすべて加工できる技術者はほとんどいない。材料ごとに専門家を置いている。したがって、転職の面談で「貴方は何ができますか?」と聞かれたら、「メタルのドライエッチングができます(それしかできません)」としか答えられない。

 他のプロセス技術も似たようなもので、リソグラフィ屋は一生リソグラフィ、成膜屋は一生成膜をするのである。専門以外の技術に移動することは無いし、やれと言われてもできないだろう。全体工程を構築するインテグレーション技術者も存在するが、人数は少ない。そのため、ほとんどの技術者がトランジスタを作ったことが無いし、作れないのである。

 設計もプロセス技術と同様。アーキテクチャ設計、論理設計、回路設計、レイアウト設計の4段階に分かれており、各段階が更に細かく分岐している。その細かく分かれた設計ごとに専用の設計ツールがあり、その専門家がいる。

 このように極度に専門化し、それしかできない技術者が数万人も職を失うのである。転職の困難さがご理解いただけただろうか。

 転職者の取る道は二つしかない。日本国内で求職するなら仕事を変えるしかない。仕事を変えたくないなら海外に職を求めるしかない。

 幸いにして海外メーカーは日本の半導体技術者を高く評価している。例えば、半導体専門のファンドリー(製造専門会社)部門で世界2位に急成長した米グローバルファンドリーズ。日経新聞8月12日の第6面に「第1次募集35人」の広告を出しているが、待遇はなかなか良い。

 その他にも、私は幾つかの(海外を含む)半導体メーカーから「優秀な技術者を紹介して欲しい」という依頼を受けている 。しかし、このような募集や依頼に一つの傾向がある。海外メーカーが欲しいのは「日本の技術者」だけなのだ。私の知る限り、マネジメント層の募集や紹介依頼は一件もない。ここに海外メーカーの日本半導体に対する端的な評価が現れている。またこの評価は、日本半導体が凋落した原因を示唆しているともいえる。