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クルマと半導体の競争力にこれほど差がついた真の理由

朝日新聞WEBRONZA 2012年10月10日

 経営不振に陥っているルネサスエレクトロニクスを巡って、米投資ファンドKKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)と、産業革新機構を筆頭にトヨタ、デンソー、パナソニックなどが共同で出資する官民連合が買収争いをしている。

 官民連合の言い分は、もしKKRが買収したら「下請けの立場に甘んじてきたルネサスが国際相場に合わせて車載マイコンの値上げを要請してくることを警戒し(クルマメーカー)、低採算事業が切り捨てられる可能性があり、その中には日本の最終消費者にとって非常に重要なものが含まれていることもある(政府関係者)」と実に身勝手だ。

 結局、官民連合は「ルネサスにはこれまで通り、自分たちの言う通りのものを自分たちに都合の良い価格で作ってもらいたい」のである。そんな官民連合より、KKRに大胆な経営再建を行ってもらった方がましだ。

 そのルネサスは9月18日〜26日に目標5000人の早期退職希望者を募集したが、初日だけで目標5000人を大幅に上回る7511人の応募があり、あっという間に応募を締め切った。早期退職に際しては通常の退職金に加えて給与の36か月分がプレミアとして上乗せされる予定だったが、予想以上に希望者が殺到したため原資が足りなくなくなり、何と「36か月のプレミア分は来年の9月に払う」ことになったらしい。

 現ルネサスが、1年後もルネサスとして存続している保証はない。仮に存続していたとしても、今足りない早期退職費用を補充できているかどうかは極めて怪しい。したがって、「36か月のプレミア分」が支払われる保証もない!

 しかし、どうして日本半導体はここまでヒドイ状況になってしまったのだろう。

 半導体チップの製造には500〜1000工程ものフローを必要とする。そして工程間には相互作用がある。したがって、1000工程中、一工程でも問題が発生するとチップは全く動かず全滅する。すなわち、半導体製造には、クルマと同様に、高度なすり合わせ技術が必要なのだ。

 経営学者やジャーナリストには「半導体チップは製造装置を並べてボタンを押せば誰でもできる」などと発言する者がいるが、大きな間違いである。確かに半導体工場を見学すれば、数百台もの装置が並んでいて、数百人のオペレーターたちがボタンを押す光景を見ることになる。しかし、「500〜1000にも上る工程フロー」は見ることができない。だから上記のようなおよそ実態とかけ離れた発言をするものが後を絶たないのである。

 問題は、同じように高度なすり合わせ技術を必要とする産業であるにも関わらず、クルマが世界的な競争力を維持しているのに対し、なぜ半導体はこのように凋落したのかということだ。

 先日、かつて日立で半導体製造に関わった同僚3人で、この問題について話し合った。そして、一つの斬新な結論を得た。

 まず、クルマの製造は目に見える。また、クルマ製造に関わる者は、実際に車を運転したり乗ったりする経験を持つ。したがって、たとえ小さな一部品であっても、クルマ製造に関わる者には、「何を作っているか」の実感が伴っているはずである。

 一方、半導体チップの構造は目に見えない。要所では電子顕微鏡を使ってきちんとパタンが形成されているかどうか確認するが、肉眼では全く見えない。また、半導体チップの動作は電子の流れであり、外見からその動きは何もわからない。更に、半導体技術は細分化され、それぞれが恐ろしく先鋭化しているため、自分が担当する技術以外のことを知らない場合が多い。実際、一技術者が担当するのは1000工程中の数工程だったりするため、全体像が分からないのである。

 つまり、クルマの技術者は全体最適ができているが、半導体技術者は部分最適しかできないという差がある。

 しかし、クルマと半導体の決定的な差は、これではないという結論に達した。そのきっかけは、一人が次の問いかけをしたことによる。

 「俺たち、本当に半導体技術を好きだったのだろうか?」

 彼はリソグラフィを30年やり続けた。私もドライエッチングを16年ほどやった。これほど長期間、一つの技術をやり続けたわけだから、何らかの面白味を感じていたのは事実である。しかし、「リソグラフィやドライエッチングが3度のメシより好きだったか?」、「DRAMやプロセッサを何より愛していたか?」と問われれば、「うーん、はいとは言えないな」と答えざるを得ないのだ。

 ところが、である。クルマ製造に関わっている者には、例えそれが小さな一部品であろうとも、「死ぬほど車が好きだ!」という人間が多いのである。大学時代から「クルマが好きで好きでたまらない」という人間がクルマメーカーに入り、大好きなクルマ作りに心底没頭する。そういうクルマオタクやクルママニアは、ごまんといるだろう。

 しかし、半導体技術が死ぬほど好きだから半導体メーカーに入り、シリコンウエハに頬ずりするほど半導体技術が好きだった、というような人間は(自分たちを含めて)、まあ、いないだろう。

 このような差が、クルマと半導体の競争力の違いの根源になったというのが、我々が導き出した結論である。いかがであろうか?