iPhoneを巡る愉快な失言と痛恨のミスジャッジ
iPhone用プロセッサの生産委託を断ったインテルCEOって誰?
2012年、スマートフォンの世界出荷台数は7.1億台に達し、パソコン(PC)出荷台数3.5億台の2倍以上になった(図1)。これは純正品の正式統計で、中国で出回っているイミテーションも含めると、世界スマホ出荷台数は軽く10億台を超えるという。
1977年に、スティーブ・ウォズニアックとともに「アップルII」をガレージセールで販売して、PCの時代を切り開いた故スティーブ・ジョブズは、2007年にiPhoneを発売してPCの時代を終焉に向かわせた。
iPhoneは世界に強烈な破壊的イノベーションを引き起こしたわけだが、そのiPhoneを巡る二つのエピソードがある。一つは愉快な失言であり、もう一つは痛恨のミスジャッジである。
愉快な失言をしたのはハーバード大学ビジネススクール教授のクリステンセンである。ご存知のように、クリステンセンは『イノベーションのジレンマ』の著者であり、「破壊的イノベーション」という概念を提唱して一躍有名になった。破壊的イノベーションとは、市場を支配している製品より機能は落ちるが、「安い、小さい、使いやすい」ような特徴を持つ新製品が爆発的に普及することによって、既存の製品を駆逐するような現象のことである。上記書籍は、シリコンバレーにおいては、経営学のバイブルと言われている。
そのクリステンセンは、発売された直後のiPhoneをみて、「しゃれた携帯電話にしか見えないiPhoneが成功するとは思えない」と述べたという(三国大洋、ZDNet Japan、2012年7月12日)。
iPhoneの破壊性にクリステンセンが気づいたのは後になってのことだった。「破壊的イノベーション」を世の中に知らしめた賢人が、スマホの破壊的技術を見誤ったのである。私はこの記事を読んだとき、笑いが止まらなかった。そして、この失言は、偉業を成し遂げたクリステンセンだからこそ面白いのであり、一つの勲章に値するとすら思った。
もう一つのエピソードは、笑いごとでは済まされないものだ。
iPhoneの出現により、スマホがPCを駆逐し始めた。その結果、PC用プロセッサを独占し、1992年から20年以上に渡って半導体売上高世界一に君臨してきた米インテルが苦境に立たされている(WEBRONZA 2012年12月24日 『インテル、困ってる』)。
そのインテルの5代目CEOであり、昨年11月に異例の退任発表を行い、今年5月にCEOを退任したポール・オッテリーニは、初代iPhone向けのプロセッサの供給を断るというインテル史上最大のミスジャッジをしていたことを明らかにした。
The Atlantic社 が行ったオッテリーニ元CEOへのインタビューによれば、アップル社は(恐らくジョブスが)、初代iPhone用プロセッサの生産委託をインテルに打診した。その際、アップル社は、それに一定の金額を払うが、その金額以上はびた一文も出す意思が無いと伝えた(ジョブズが言いそうなことだ)。
その金額はインテルが予測していたコストより低かった。したがって、そのビジネスがうまく行くとは思えなかった。それは、生産量を増やすことで埋め合わせられるようなことではなかったからだという。
恐らくジョブズは、プロセッサ1個当り10ドルとし、それ以上払わないと言ったのだろう。インテルはこれに基づいて利益を出すにはどのくらい生産すればいいか、つまりiPhoneがどのくらい売れるかを予想した。クリステンセンがiPhoneの破壊性を見誤ったように、インテルもiPhoneがフィーバーを起こすほど売れるとは思わなかった。したがって、1個10ドルのプロセッサをつくっても利益は出ないと判断したのだろう(因みにインテルのPC用プロセッサは1個2万円)。
このようなことから、当時CEOだったオッテリーニは、アップル社の生産委託を断ったわけである。
しかし、オッテリーニが思い返してみると、インテルの予測は間違っていた。なぜならば、iPhoneの生産量はあらゆる人が考えていた量の100倍だったからだ!
最後にオッテリーニは、「私の本能はアップル社の申し出を受け入れろと私に告げていた」と言い訳じみた言葉を付け加えたが、後の祭りであることは言うまでもない。
インテルに断られたiPhone用プロセッサは、韓国のサムスン電子が製造することになった。半導体チップの設計はせず製造だけを行うビジネスをファンドリーというが、サムスン電子はこのファンドリービジネス の利益を享受した。この効果により、ファンドリー部門では、サムスン電子はこの3年間で10位から3位に大躍進した(因みに半導体全体では、サムスン電子は2位)。
さらに、サムスン電子は自社のスマホ・GALAXY用プロセッサを自社生産しているが、iPhone用プロセッサで培った技術が活かされていることは間違いない。サムスン電子は、スマホ出荷台数でiPhoneを抜いて世界一となった。現在、GALAXYはサムスン電子の最も大きな収益源となった。
このようなiPhoneのインパクトを考えると、逃した魚はあまりにも大きい。オッテリーニは昨年、早すぎる退任発表をしたわけだが、どうやらこれは、ビッグビジネスを逃した責任を取らされたのだろう。
もし、インテルがアップルの生産委託を引き受けていたら、歴史が変わっていたかも知れない。インテルは苦境に立っておらず、オッテリーニは新事業を成功させたCEOとしてその功績をたたえられ、今も尚、CEOとして君臨していたであろう。
逆に、苦境に立たされていたのはサムスン電子かもしれない。ファンドリービジネスで躍進することは無かっただろうし、現在のサムスン電子のドル箱となっているGALAXYをつくっていなかったかもしれないからだ。
まったくもってオッテリーニ元CEOは、痛恨のミスジャッジをしでかしたと言える。