♪  半導体技術者の視点で、社会科学の研究を推進中。  ♪  社会科学者の視点で、半導体の技術開発を推進中。  ⇒ 最新記事と講演については、facebookでもお知らせしています。

スマホ戦国史の次の覇者は中国シャオミか?
APを制するものがスマホを制する

朝日新聞WEBRONZA 2014年12月16日

スティーブ・ジョブズの慧眼

 
 2014年に出荷台数が12億台を超えるスマホの最も重要な部品は、すべての機能の中心となる半導体集積回路アプリケーションプロセッサ(AP)である。したがって、「APを制するものがスマホを制する」と言っても過言ではない。
 
 このことに最も早く気づいたのはアップルのスティーブ・ジョブズである。しかし、当初アップルにプロセッサを設計する能力はなかった。そこでアップルは、軍事や航空宇宙用の“とんがった”プロセッサを開発していた半導体設計専門会社P.A.Semiを2億7800万ドルで買収した。
 
 P.A.Semiの中心人物は創業者の1人、ダン・ドバーパルという設計者で、彼のチームが、「iPhone 4S」のプロセッサ「A5」を開発した。そしてこれがアップルの躍進に一役買ったわけである(ダン・ドバーパルはその後、グーグルに引き抜かれた)。
 
 

インテルの失策と漁夫の利を得たサムスン電子

 
 スマホのAPの設計と同様に製造も重要である。しかし、アップルは半導体の量産工場を持っていない。そこでアップルは、初代iPhone 用 APの製造をインテルに打診した。ところがインテルは、「1個10ドルではビジネスにならない」と断ってしまう。これは、「インテル史上最大のミスジャッジ」と言われ、当時CEOだったポール・オッテリーニは2013年に引責辞任を余儀なくさせられた。
 
 インテルに断られたiPhone用APは、サムスン電子が受託製造(すなわちファンドリー)を行うことになった。このiPhone効果により、ファンドリー部門におけるサムスン電子のランキングは、3年間で10位から3位に大躍進した(WEBRONZA2013年5月29日)
 
 さらに、iPhone用APの受託製造はもっと大きな効果をもたらした。サムスン電子は、自他ともに認める「ファーストフォロワー(最初の模倣者)」である。その模倣者に、アップル社は、スマホの付加価値の源泉のAPを製造委託したわけである。
 
 サムスン電子のスマホ・GALAXYは出荷台数でiPhoneを抜いて世界一となり、GALAXY がサムスン電子の営業利益の約7割を稼ぎ出すまでになった。このGALAXYの開発・製造に、iPhone用AP受託製造で知り得たノウハウが活かされていることは間違いない。
 
 アップルとサムスン電子は、2012年から世界各国で、スマホに関する訴訟合戦を繰り広げている。これについてアップルは、墓穴を掘ったとしか言いようがない。アップルは、「泥棒に追い銭を与えた」ようなものだろう。
 
 

低価格スマホの仕掛け人、メディアテック

 
 こうしてサムスン電子はこの世の春を謳歌していたが、それも長くは続かない。2014年に入って、GALAXYの売れ行きに急ブレーキがかかったからだ。
 
 この原因は、世界最大のスマホ市場となった中国で、低価格スマホが急速に普及したことによる。この仕掛け人は、台湾の半導体設計専門会社メディアテックである。メディアテックは、低価格のAPを提供し、さらに、スマホの設計図である「レファレンス」と、推奨部品リストまで公開した。
 
 
 その結果、中国では、大した開発費もかけずに、そこそこの性能のスマホを極めて安価につくれるようになり、「靴屋でも明日からスマホメーカーになれる」と言われるまでになった。そして、中国の地場メーカーが台頭し、格安スマホが急速に普及したのである(WEBRONZA2014年7月25日)
 
 図1に、2012年1~3月期および2014年1~3月期の中国市場におけるスマホの企業別シェアを示す。

 メディアテックからAPを調達するようになった中国メーカーのレノボ、クールパッド、ファーウエイ、シャオミが、シェア2位から4位までを独占した。そして、サムスン電子のシェアは24.9%から18.1%に急落した。
 
 こうして、スマホ用APはメディアテックが制したかに見えた。ところが、思わぬところから伏兵が現れた。
 
 

シャオミの躍進と思わぬ展開

 
 スマホの中国市場では、メディアテックからAPを調達していた中国シャオミがシェアトップに躍り出た(図2)。シャオミは、世界シェアでも、サムスン電子とアップルに次いで3位に躍進した。


 この躍進の背景には、メディアテックのAPの恩恵もあった。しかし、それだけではない。シャオミには幾つかの特徴的なビジネスモデルがある。
 
 まず、マーケテイングはオンラインでの口コミに頼り、販売経路もオンラインに限定している。こうして、製品に流通や販促費が加算されないようにし、コストを削減している。また、端末は原価に近い価格で売りさばき、利益はアクセサリやオンラインストアで稼いでいる。
 
 この結果、驚異的な低価格化が実現している。例えば、iPhone 6の中国での販売価格は800ドル強だが、シャオミの人気機種「Redmi(紅米)」はその約4分の1である。このような低価格もあって、オンラインで販売すると一瞬にして売り切れることも多いという。
 
 この低価格化について、2013年8月下旬に、グーグルからスカウトされたヒューゴ・バラ副社長は、「イノベーションはぜいたく品ではなく、万人のためのものだ」、「200ドルのコストで作れるものを600ドルで販売すべきではない」と述べている(ウォールストリートジャーナル2014年10月29日)。
 
 ただし、シャオミのスマホは最早「安かろう悪かろう」ではない。サムスン電子やアップルに比べると小回りがきくシャオミは、「先端技術の採用が世界大手よりも早いケースもある」。また、「サムスン電子もアップルも『問題ない』と言っているのに、なぜシャオミはけちをつけるのか」というほど部品の品質にこだわりを見せるという(日経新聞2014年11月12日)。
 
 つまり、シャオミは、可能な限り高性能・高品質なスマホを、可能な限りの低価格で提供しているのである。シャオミの躍進の秘訣はここにある。
 
 中国市場でシェアトップに立ったシャオミは、次のステージへの移行を目指している。
 
 まず、中国以外に販路を拡大し始めた。シャオミは既に香港、台湾、シンガポールに製品を提供し、今後はインド、マレーシア、さらにアジアの数カ国、その他、イタリアにも進出を検討している。
 
 そして、シャオミは、中国の設計専門会社リードコアと組んで、APの内製化を始めると発表した(半導体産業新聞2014年11月19日)。これには驚いた! シャオミも、アップルのジョブズと同じように、「APを制するものがスマホを制する」という結論に至ったわけだ。
 
 シャオミは、2015年には1億台以上のスマホを出荷する計画である。APの内製化が実現すれば、1億個以上のシャオミ製APが世に出ることになる。今後、スマホ用APの主役は、メディアテックからシャオミに交代するのかもしれない。