♪  半導体技術者の視点で、社会科学の研究を推進中。  ♪  社会科学者の視点で、半導体の技術開発を推進中。  ⇒ 最新記事と講演については、facebookでもお知らせしています。

拝啓ホリエモン殿、電子書籍は売れていませんが?
「マーケットは立ち上がっている」との断言から3年半後の惨状

朝日新聞WEBRONZA 2015年4月15日
 2009年8月に、私にとって初めての本『日本半導体敗戦』を光文社から出版した。いまどき「半導体」などと小難しい言葉がタイトルに使われている本は売れないと言われたが、予想に反して5万部近くも売れた。

 翌2010年には、私の本を編集してくれた山田順氏が独立し、(株)メデイアタブレットという電子書籍の会社を立ち上げた。私も一口、出資金を出して役員となり、この会社で『日本半導体敗戦』を電子書籍として販売した。

2010年は、米アップル社からiPadなどが発売され、電子書籍元年と言われた年である。たくさん売れたら皆でハワイや沖縄に別荘を作ろうなどと皮算用をし、いやが上にも期待は高まった。ところが、1年間でダウンロードされた『日本半導体敗戦』はたったの5部だった。40冊ほど手がけたそれ以外の電子書籍も軒並み数冊、良くて数十~千冊程度しか売れず、期待はもろくも崩れ去った。

 この経験を基に私は、「電子書籍が売れない国、日本」という記事を書いた(WEBRONZA 2011年11月03日)

 この記事に対して、当時、刑務所の中にいたホリエモンこと堀江貴文氏が、「堀江貴文のブログでは言えない話 Vol.096 その1、2011年11月22日」の中で、批判を述べている。以下、関係する部分を引用する。

★【Amazon電子書籍への参入条件に出版業界困惑】
 
Amazonが日本の出版社といろいろともめてkindleの日本語版も遅れているらしい。強気の価格設定と再販制度等の問題とか。朝日新聞では、湯之上隆という人物が自分の書籍が紙では5万部売れたのに電子書籍では5部しか売れてないことを引き合いにし、「日本で電子出版は普及しない」とかバカなことを言っているし。そりゃ、あんたがネットで全然知名度もないし、活動してねーからだろ(笑)。すでにこのメルマガは1万部以上、しかも週刊で出ている。iPhoneのアプリも、書籍によっては紙の本の半分ぐらいの部数は出ている。すでに日本の電子書籍マーケットは立ち上がっているのだよ。Amazonはそれを後押しすることだろう。(原文ママ)

 
 私は堀江氏に対して、若いのに頭もよく行動力もあって大した人物だと密かに敬意を抱いていた。ところが、「そりゃ、あんたがネットで全然知名度もないし、活動してねーからだろ(笑)」と批判され、ココロがいたく傷ついた。確かにそれはその通りなんだけれど、メデイアへの露出度が高く、知名度も抜群である堀江氏が特殊な存在なのであって、私のような一般人のメルマガや電子書籍は、それほど売れているとは思えないと憤慨したりもした。

 それから3年半以上が経過した。2011年11月に堀江氏が「すでにマーケットは立ち上がっている」と断言した電子書籍はその後どうなったか?そもそも、本当に2011年に電子書籍のマーケットは立ち上がっていたのか?

 図1に、2014年までの紙の出版売上高(青線)、電子書籍の売上高(赤線)、出版社数(緑線)を示す。
 
 
 紙の出版売上高は、1996年の2.65兆円をピークとして急激に減少し、2014年には約1.6兆円にまで落ち込んでいる。18年間で1兆円の売り上げが消失した。平均して1年間で555億円が失われていることになる。このペースで売り上げが減少すると、計算上では、29年後の2043年には売上高がゼロになる。つまり、出版業界は消滅する危機に瀕している。
 
 上記とリンクするように、出版社数も1997年の4,612社をピークに減少に転じ、2013年には3,588社にまで落ち込んだ。この16年間で1024社が倒産または廃業した。平均すると1年間で64社がこの世から消えている。このまま行くと、56年後の2069年には、出版社が一社もなくなることになる。

 では、問題の電子書籍出版の売上高はどうか。図1から見る限り、電子書籍の売上高は、あまりにも小さい。堀江氏が「すでにマーケットは立ち上がっている」と言った2011年でたったの651億円、紙の出版売上高の3.6%しかない。この状況では、電子書籍のマーケットが立ち上がっているとはとても言えない。したがって、堀江氏のメルマガでの発言は、明らかに勇み足である。

 その後、電子書籍市場は少しずつ増えていることは分かる。しかし、紙の出版売上高の減少を補うには、全く不十分である。よって、堀江氏が言うほど、世間では電子書籍は売れていない。

 では、今後、電子書籍が飛躍的に売れる可能性はあるだろうか? 日経産業地域研究所が調査会社のマクロミルに委託し、2月13~15日に全国の20~60歳代の男女1000人にインターネットで調査した結果は以下の通りである(日経新聞3月18日)。
 
 
 まず、「これまでに電子書籍を利用したことがありますか?」という質問に対して、たまに利用している(14%)、よく利用している(7%)、過去利用したことがある(5%)で、ちょっとでも利用したことがある人は26%に過ぎず、残りの74%は一度も利用したことがないと回答した(図2-1)。

 次に、利用した人に限定して「電子書籍でどんなコンテンツを読みましたか?」と聞くと、コミックが50%、文芸などテキスト本が34%だった(図2-2)。つまり、電子書籍を利用する人の半分は、漫画を読んでいるのである。

 さらに、「『電子』と『紙』両方提供されているコンテンツに関して、どちらで読みたいですか?」と聞くと、紙派が57%ともっとも多く、電子書籍派は、「種類に応じて使い分ける」(7%)、「どちらでもかまわない」(13%)を加えても、24%にしかならなかった(図2-3)。

 結局、堀江氏の言うように電子書籍のマーケットは立ち上がっておらず、少しずつ増えてはいるものの、市場規模は小さく普及しているとは言い難い。また、調査結果を見る限り、今後飛躍的に普及するとも思えない。

  「それでも電子書籍は普及する」とおっしゃる方がいるのなら、ぜひ本稿への反論を聞かせて頂きたい。