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誰がルネサスを買収するのか?
経営再建を果たした半導体メーカーの未来が見通せないわけ

朝日新聞WEBRONZA 2016年1月21日

 半導体メーカーのルネサス エレクトロニクス株を巡って、様々な企業が買収を画策している話が聞こえてくる。約70%の株を保有している政府系ファンドの産業革新機構が、その株式の売却を検討しているからだ。株式を一定期間売却できない「ロックアップ」契約が2015年9月末に解除され、加えてルネサスが2015年3月期に黒字化を実現し経営再建を果たしたと判断しての動きである。
 
 本稿では、どのような企業が、どのような思惑でルネサスを買収しようとしているかを示す。その上で、ルネサスにとって買い手はどこがいいのか私見を述べ、ルネサスが抱えている問題について言及する。
 
 

独インフィニオン・テクノロジーズ

 

 
 2014年の車載半導体の売上高シェアでは、ルネサスが1位(12.0%)、インフィニオンが2位(10.5%)である(図1)。ところが、5位のオランダNXPセミコンダクターズが4位の米フリースケール・セミコンダクタを約1.4兆円で買収し、合計シェア14.3%となってルネサスやインフィニオンを抜いてシェアトップに躍り出た。
 
 クルマの世界出荷台数は今後も増える。また、クルマの電子化が急速に進んでいる。さらに、自動運転技術も普及するだろう。その結果、車載半導体市場は今後も拡大すると予測できる。
 
 そのため、車載半導体メーカーとしては、市場シェアを拡大したいわけだ。NXPがフリースケールを買収した狙いもそこにある。
 
 そこでインフィニオンとしては、ルネサスを買収し、NXPグループを抜き返してシェアトップになりたい思惑がある。実際、インフィニオンとルネサスのシェアを合計すれば、22.5%となり、NXPグループを突き離すことができる。
 
 これに対してルネサスの遠藤隆雄会長兼CEO(当時)は、2015年11月21日、ロイターのインタビューに、「選択肢のひとつ」であり、「両社が組めば非常に強力な連合になる」が、「インフィニオンの傘下に入るということはあり得ない」と買収には否定的な見解を述べている。
 
 

中国・紫光集団

 
 2015年11月末に、米国の半導体業界誌EE Timesの記者から、「中国の紫光集団という企業がルネサス買収を画策しているようだが、この行方についてどう思うか?」という問い合わせを受けた。私はこのことにより、中国企業がルネサス買収に触手を伸ばしていることを知った。
 
 紫光集団は昨年来、世界の半導体企業を“爆買い”している企業である。“爆買い”の背景には、中国が世界の半導体の約1/3を消費しているにも関わらず自給率がたった12.8%しかないこと、習近平・国家主席が半導体の自給率向上のために「国家IC産業発展推進ガイドライン」を制定し「中国IC産業ファンド」を設立したこと、半導体製造技術を入手することにより軍事技術と宇宙産業で米国を凌駕したいこと等があるらしい(WEBRONZA、2015年11月17日)
 
 私はEE Timesの記者に、「紫光集団によるルネサス買収は、トヨタ自動車が阻止するだろう」と回答した。その根拠を次に示す。
 
 

トヨタ自動車

 
 ルネサスは2012年に経営破綻寸前となった。当時の赤尾泰社長は、米投資ファンドKohlberg Kravis Roberts(KKR)に買収を打診した。
 
 ところが、ルネサスから車載半導体を市況価格の半額以下で調達していたトヨタは、ルネサスが外資に渡ることに猛反発し、経済産業省に働きかけ、これを阻止する動きに出た。その結果、産業革新機構とトヨタやデンソーなどが1500億円でルネサスを買収することになった。
 
 このとき、赤尾社長はKKRの幹部に電話をかけ、「こんな結果で申し訳ない。我々に主体性はないんですよ」と言ったという(日経新聞2013年2月13日)。私はこれが国内最大の半導体メーカー(当時)の社長が発する言葉かと耳を疑った。ルネサスの最大の問題は、このような「自立性の無さ」にある。
 
 上記の買収により、ルネサスのカスタマーであるトヨタやデンソーが、ルネサスの株主になってしまった。カスタマーとしてはこれまで通り破格の安値で車載半導体を購入したいが、株主としてはルネサスの利益拡大を考えねばならない。これは大いなるジレンマである。
 
 このジレンマは、2013年6月に赤尾氏に代わって会長兼CEOに就任したオムロン出身の作田久男氏の人事を巡って噴出した。ルネサスは2015年4月1日の取締役会で、作田氏が2015年6月に退任し、後任に元日本オラクル社長兼CEOの遠藤隆雄氏を迎えると発表したのである。
 
 このトップ交代の発表はあまりにも唐突だった。作田氏は、工場の縮小、売却、閉鎖など“えげつない”リストラを行い、2015年3月期にルネサス設立以来の黒字化を実現し、4月からはルネサス変革の第2ステージに移行するはずだったからである。
 
 一体何が起きたのだろうと思っていたら、「作田氏が車載半導体の値上げを要求し、それがトヨタの怒りを買ったため、作田氏は解任された」という話が伝わってきた。事の真偽は定かではないが、これまでのトヨタの動きからすれば十分起こりうる事件だと思われる。
 そのトヨタが、紫光集団によるルネサス買収を容認するはずがない、というのが私の考えである(それがルネサスにとって良いか悪いかは別にして)。
 
 

ソニー

 
 中国の紫光集団とトヨタの一騎打ちかと思っていたら、1月初旬にロイターの記者から、「ソニーがルネサス買収を検討しているらしい」と聞いて思わず「ウッソー」と口走ってしまった。
 
 というのは、ソニーの主力製品は、スマホのカメラなどに使われる画像センサ(CMOSセンサと呼ぶ)で、ルネサスの車載半導体とはまるで製造技術が異なるからである。
 
 しかし後になって考え直してみると、この買収が実現したら、極めて大きなシナジー効果が生まれるかもしれないと思い始めた。
 
 それは、自動運転技術である。
 
 ルネサスは2015年12月に、自動運転用のシステムLSI「R-Car H3」を発表した。ルネサスの車載情報システム事業部車載情報戦略部長を務める吉田正康氏は、「自動運転レベル2やレベル3を超えることのできるSoC(システムLSI)だ」と話している(EE Times、2015年12月2日)。
 
 因みに、米運輸省道路交通安全局や国土交通省は、「加速・操舵・制動のいずれかをシステムが行う状態」をレベル1、「加速・操舵・制動のうち複数の操作をシステムが行う状態」をレベル2、「加速・操舵・制動を全てシステムが行い、システムが要請したときはドライバーが対応する状態」をレベル3、「加速・操舵・制動を全てドライバー以外が行い、ドライバーが全く関与しない状態」をレベル4と定義している。つまり、ルネサスのシステムLSI「R-Car H3」は、完全自動運転の一歩手前までを想定した半導体だということである。
 
 この自動運転技術には、画像センサの存在が欠かせない。つまり、ソニーのCMOSセンサとルネサスのシステムLSI「R-Car H3」がセットになれば、自動運転技術という新市場を攻略できる可能性が生まれるのだ。
 
 

問題は何か

 
 インフィニオンがルネサスを買収すれば、両社は車載半導体のトップシェアメーカーになれるが、遠藤CEOはこれを否定した。中国の紫光集団による買収は、トヨタが阻止するだろう。したがって、順当にいけば、トヨタが買収するのではないかと思われる。しかし、トヨタに買収されたのでは、今後もルネサスは活かさず殺さずの状態を強いられるだろう。私は、ソニーによる買収を支持したい。そのシナジー効果は極めて大きく、ルネサスの技術も有効に活かされると思うからだ。
 
 しかし、問題がある。昨年12月25日にまたしても唐突に、ルネサスの遠藤CEOが辞任してしまったのだ。ルネサスは遠藤氏の辞任の理由を「一身上の都合」と説明しているが、筆頭株主の産業革新機構との間で経営戦略を巡る対立があったという報道がある(日経新聞、2015年12月25日)。
 
 赤尾氏は「我々に主体性はない」と言ったとされる。作田氏はトヨタの怒りを買って解任されたようだ。そして、遠藤氏は産業革新機構と対立して辞任したらしい。
 
 ルネサスの最大の問題は、煩い外野が多くて、経営者がまともに経営判断ができないことにある。どこが買収するにしろ、どこと資本提携するにしろ、この問題を解決しないことにはルネサスに未来はない。