《微細加工研究所》へようこそ

所長の湯之上隆(ゆのがみたかし)です。
 
半導体技術者と社会科学者の二つの経験を生かして、新聞や雑誌記事の執筆とコンサルタントを行っています。
 
半導体では、微細加工技術者として、16年間に渡り、研究、開発、量産、合弁会社、コンソーシアムのすべての組織に所属しました。
 
その後、5年間は大学で、技術者の視点から、半導体産業の社会科学研究を行いました。
 
趣味は、潜水回数2000本を超えるスクーバダイビング(インストラクター)と2013年から始めたヨガです。

 
  

What's New

新着情報

今週のお知らせ

Facebookより抜粋

 New !!  【2020年11月22日】 メルマガ

 
 『なぜNANDの出荷個数が増えないのか?』と題するメルマガを配信しました。
 
 DRAMは2019年Q3以降、出荷個数が高止まりしていますが、NANDの出荷個数は、横ばいが続いています。サイエンス&テクノロジ―主催のセミナー資料をつくっているときに、突然閃いてこの理由が分かりました。
 
 そこで、メルマガで、その理由を詳述しました。分かってみれば、「なあーんだ」という理由でした!

メールマガジン 内側から見た「半導体村」 今まで書けなかった業界秘話

 


 New !!  【2020年11月22日】 EE Times Japan

 
 意識不明の状態が続いていたサムスンの李健熙会長が10月25日に死亡した。享年78歳だった。
 
 ここで、半導体業界の偉人3人には意外な共通点があることが分かった
 
1)インテルのアンドリュー・グローブはCOO時代、2代目CEOのゴードン・ムーアの意向に逆らってインテルの主力ビジネスをDRAMからプロセッサへ切り替え、1987年にCEOに就任して以降、同社のビジネスを飛躍的に成長させた。
 
2)中国から米国のハーバード大学に入学し、その後TIの半導体責任者だったモリス・チャンが台湾に招聘され、多くの反対意見を押し切ってファンドリーのTSMCを1987年に立ち上げた。
 
3)李健熙は1974年、父であり初代サムスン会長のイ・ビョンチョルに反対にされたため、個人で半導体工場を買収し、半導体事業を開始した。その李健熙が1987年にサムスン電子の2代目会長に就任し、同社をメモリのチャンピオンに成長させた。
 
 この3社は2010年頃から「ビッグ3」と呼ばれるようになるが、その起点となった年がすべて1987年であることに驚いた(奇しくもその年は、私が日立に入社して半導体技術者になった年でもある)。1987年とは、世界の半導体業界が音を立てて回転し始めた年だったと言える。
 
 上記の偉人3人の変革を、EE Times Japanの記事で詳述しました。
 


【2020年11月7日】 講演予定

 
 講演の予定を更新しました。


【2020年10月31日】 Japan Business Press 

 
 JBPRESSに、『NAND事業を売却、インテルに何が起きているのか? 買収する韓国SKハイニックスの勝算と落とし穴』と題する記事を寄稿しました。
 
 この買収のニュースには驚きました。そこで、SK hynixによるインテルのNAND事業買収の狙いはどこにあるのか、その買収を成功させるには、どのような問題があるかを分析しました。
 
 この買収は問題山積で、成功させるには相当難しいように思います。
 


【2020年10月26日】 ビジネスジャーナル

 
 ビジネスジャーナルに、『半導体微細化競争のカギ握るEUV、サムスン電子がTSMCに勝てそうもない理由』を寄稿しました。
 
 サムスン電子の副会長がASMLを電撃訪問して、「EUVをもっと供給して欲しい」と直訴したようです。しかし、ASMLのEUVは、すべてTSMCに導入され、サムスン電子向けは「ゼロ」でしょう。TSMCとサムスン電子の差は拡大する一方です。
 


出版のお知らせ

 
 日本、韓国、台湾、中国の4か国を「東アジア」と定義した場合、その東アジアが特徴的に強い産業が多数あります。それらを総合的にまとめた書籍『東アジア優位産業』(中央経済社)が3月11日に出版されました。
 
 私は、「第13章 半導体 メモリメーカーの飛躍的成長と中国の台頭」を分担執筆しました。
 
 著者割引で2割引きになるそうです。もし、ご所望の方がおられましたら、ご連絡ください。