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「すべてのクルマを電気自動車にする」イーロン・マスクの野望

朝日新聞WEBRONZA 2014年10月14日

 電気自動車(EV)のパラダイムシフトは、中国の山東省からやってくると思っていた。そこで、農用車に電池とモーターをつけただけの安価なEVが普及しはじめていたからだ(WEBRONZA 2012年4月27日)。そのEVは、1回の充電で50〜100kmしか走れず、最高速度も50km程度しか出ないことから、低速EVと呼ばれた。

 日本の自動車メーカーも、この流れは抜かりなくフォローしていた。トヨタ、日産自動車、ホンダなど多くの自動車メーカーが、短距離移動用の超小型EVを開発し、公道でのテスト走行も行っていた。

 しかし、EVは思った程、普及する気配がない。2013年に生産された四輪自動車は約8725万台だが、そのうち、EVはたったの12万台(0.13%)に過ぎなかった。

 航続距離が短く、ガソリン車に比べてコストパフォーマンスが悪いEVは、やはりエコカーの主流にはならないのか。そう思い始めた矢先、米テスラ・モーターズのCEOであるイーロン・マスクの特集記事を読み、度肝を抜かれ、大きく考えが変わった(日経ビジネス、2014年9月29日)。EV化の波は、米国からやってくる!
 

米テスラ・モーターズのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)= 2013年1月、畑中徹撮影

 

 マスクは、何と「すべてのクルマをEVにする」ことを目指している。そして、自動車業界の動向とは全く逆のアプローチで、航続距離の長い高級車の開発からスタートしている。

 テスラ・モーターズは、2008年に、1276〜1481万円の超高級車「ロードスター」を発売した。1回の充電による航続距離は394km、時速0kmから97kmまで加速する時間は僅か3.7〜3.9秒。このポルシェ並みの加速性能が評判となって、ハリウッドスターたちが買い求めたという。

 2012年には、823〜1081万円の高級セダンの「モデルS」を発売した。航続距離は390〜502km、時速0kmから100kmまで加速する時間は4.4〜6.2秒。モデルSは、クールな高級車として富裕層の人気の的となった。

 そして、2017年ごろには、375万円程度の大衆車「モデル3」の発売を計画している。その際、モデルSと比べて、航続距離も加速性能も落とさないと明言している。もし、これが実現したら、自動車業界に衝撃が走るのではないか。

 その実現の鍵は、リチウムイオン電池のコストダウンにある。このためにマスクは、2017年までに世界最大の巨大電池工場「ギガファクトリー」をパナソニックと共同で建設することを発表した。その生産規模は原発3.5基分に匹敵する年間35GWhで、これは2013年の世界のリチウムイオン電池の生産量と同じ規模である。

 マスクは、このギガファクトリーの大量生産により、リチウムイオン電池のコストを30%削減するとしている。さらに、モデル3は、モデルSに比べて20%小さくなるため、これによってコストを20%下げられるという。その結果、モデル3は、モデルSの半額でできると試算している。

 このようにして、大衆車のモデル3を牽引役にして、2020年に50万台の販売を目論んでいる。しかし、この時代には四輪車は年間1億台ほど生産される。テスラ・モーターズがたとえ50万台販売できたとしても、世界全体の0.5%にしか過ぎない。マスクはどうやって、すべてのクルマをEVにしようとしているのか?

 驚くべきことに、マスクは、今年6月にテスラ・モーターズが保有する約200の特許(加えて現在出願中の280件)を開放すると発表した。

 EVの部品点数は、ガソリン車の1/10程度だという。その上、EVは、モーターや電池など、モジュールを組み合わせれば、比較的簡単に製造できる。トヨタが長年に渡って築き上げてきた高度な摺り合わせ技術は、必要がない。

 したがって、テスラ・モーターズが大衆車のモデル3を予定通り発売し、それがヒットして、その上で関連特許が解放されているとしたら、模倣する企業が次から次へと出てくるだろう。このようにしてEVは普及し、「15年以内に5000万台に達する日が来る」とマスクは信じている。

 しかし、それではテスラ・モーターズが生き延びられないではないかという疑問がわく。これについて、「企業を成長させるより、世界に役立ちたい」と断言する以下のマスクの思想は、クレージーとしか言いようがない。

 マスクは、大学で物理学を学んでいたころから、「持続可能なエネルギーを普及させなければ地球は滅びる」という危機感を持っていた。そして、「火星に人類を移住させる」ことを究極の目標としているという。

 そのために、テスラ・モーターズのCEOとして「すべてのクルマをEVに」しようとし、スペースXを立ち上げ「ロケット打ち上げコストを従来比1/100とする」ことを目指し(実際に創業から10年で圧倒的な低コストでロケット打ち上げに成功)、太陽光発電ベンチャーの会長として「太陽光をエネルギーの主役に」しようとし、減圧されたチューブ内を時速1200kmで走行する「ハイパーループ構想」により「ジェット機より早く都市間移動ができる」ことを本気で検討している。

 マスクは、「起業家は毎週100時間、地獄のように働くべき」を信条とし、倒産の危機にも私財を投げ打って支え、「息をしている限り、あきらめない」とまで言う。

 まずは、大衆車「モデル3」によるEVの普及である。マスクならやってくれるのではないかと思い始めている。私は、マスクを応援する。